→目次へ

第1回日本医療用光カード研究会論文集、39-40、1990年

[シンポジウム6]

臨床検査から見た光カードの応用

西堀眞弘
東京医科歯科大学医学部臨床検査医学

1.臨床検査の現状認識

 私ども臨床検査を専門とする者は、できるだけ利用価値の高い検査データを生み出すことを至上の使命と信じ、不断の努力を続けてきた。しかし現実は、診療側に報告された後の検査データの利用状況は期待とは程遠く、検査情報の持つ本来の価値が患者診療に十分生かされているとは言い難い。即ち、医療機関、 診療科や専門分野、時間と収納スペースなどの垣根が、患者ひとりひとりを単位とした包括的な医療データベースの蓄積を阻んでいるため、苦労して得られた検査データは使い捨てにされるか、蓄積されることがあっても、四散し死蔵されてしまう場合が少なくない。さらに近年は、各病院を単位として医療データベースの構築が進んでおり、当該病院にかかりつけの患者の検査データは迅速に利用できるようになりつつあるが、その患者が他病院を受診してしまうと、検査データの転送利用は殆ど不可能に近い。このような事態の解決策として、医療データベースの標準化の必要性が叫ばれているが、直ちに実現する見込みは少ない。


2.医療用光カードの意義

 このような現状において、医療用光カードは、医療機関や診療科の垣根を超えた第2のカルテとして利用できること、小型かつ大容量の記憶媒体であるため常に携帯できること、そして患者自身が保管し管理できることなどの特徴を有するため、大きな期待がかけられている[1]。即ち、医療用光カードによって、患者ひとりひとりの検査データが漏れなく蓄積され、患者が同意すればいつでも担当医が参照できるようになる。そうなれば、従来では検索しにくかった長期間の検査データや他の医療機関で得られた検査データが頻繁に参照されるようになり、救急車や救急外来において必要な検査履歴が得にくいという問題も解消される。また、医療データベースが標準化されるまでの間、病院ごとに互換性なく蓄積された検査情報を交換する手段としても期待できる。このような状況を診療側から見れば、実際に利用できる検査情報が格段に充実するということになるし、私ども臨床検査を専門とする者から見ると、一度得られた検査データが何度も診療に利用され、十分に活用されることになる。


3.医療用光カードの応用

 医療用光カードは、これまで述べてきたような効用だけでなく、私どもが望んでも得られなかった貴重な情報源として、さらに次のような大きな価値を秘めている。
 第1に、従来のような集団データの解析だけでなく、個人データの解析が可能になることである。即ち、従来は断片的な検査データの集まりしか得られなかっため、あくまで集団を対象として分析せざるを得なかった。しかし、医療用光カードに蓄積された各個人の検査データをきめ細かく分析できるようになれば、はるかに正確な診断が可能になる。例えば、従来の正常値はある集団を対象とした統計処理によって求めざるを得なかったため、それをひとりひとりの患者に適用しようとすると、年齢、性別、生活習慣あるいは個体差による偏位などの、さまざまな矛盾が生じてしまう。しかし、医療用光カードに検診時の検査データが蓄積されれば、各個人の正常値を知ることができ、より鋭敏かつ早期に異常の発生を検出することができる。
 第2に、現在大きな期待を集めている診断支援システムに、総合的な知識ベースを供給できることである。診断支援システムは、個々の医師が把握しきれない膨大な医学知識をコンピュータに植え込み、診療の支援に利用することを目指しているが、従来はその知識ベースとして特定の専門分野に偏った断片的な検査データしか利用できなかったため、到達度に限界があった。しかし、医療用光カードに包括的に蓄積された検査データが利用できれば、その研究開発を一気に押し進めることができる。さらに、コンピュータを利用することにより、ひとりひとりの専門家の頭脳で処理できる範囲を超えた、画期的な検査診断が実現できる可能性もある。


4.医療用光カードへの要望

 以上のように、臨床検査から見た光カードの応用は、すばらしい可能性に満ちている。しかし、それらのメリットを現実のものとするためには、実用化に当たってのさまざまな必要条件が指摘されている[2]。それらは臨床検査の立場だけに限られないが、ここではこれまで私どもが行ってきた検討結果を基に概観しておく。

4.1 互換性
 医療用光カードにとって、医療機関や診療科の枠を超えた互換性の確保が命であることは言うまでもない。そのためには、まず光カードとリーダ・ライタについてハードウエアとソフトウエアの標準化が不可欠で、これはメーカー各社に強く要望したい。さらに書き込むデータのフォーマットについては、現在文部省科学研究費補助金総合研究(A)「医療用光カードのフォーマット統一に関する研究」が全国14国立大学の共同研究として進められており、その成果が期待される[3]。

4.2 柔軟性
 患者の一生を通じて検査データを保存するためには、ハードウエア、ソフトウエアおよびデータのフォーマットのすべてにおいて、将来に渡って測定法の変遷や検査項目の追加・消長などに十分対応できるだけの柔軟性が必要である。

4.3 信頼性および耐久性
 検査データの多くを占める数値データは、1文字変わってもまったく異なるデータになってしまう。私どもの1年間の検討では、書き込んだデータが読めなくなることはあっても、変わることは皆無であった[4]。しかし、数十年に渡って使用されることを考えると、より長期間の検討が必要である。ただし、いかに耐久性が良くても破損や紛失は起こり得るので、そのバックアップ対策は考えなければならない。

4.4 実用性
(1)読み書き速度
 現在の読み書き速度は80キロビット/秒であり、短期間の検査データだけであれば数秒の待ち時間で読み込むことができる。しかし、長期間に渡る検査データが必要な場合や、画像検査情報を扱う可能性を考えると、なお一層の高速化が求められる。
(2)入力の負担
 多忙な診療現場で、医師がキーボードを叩いて検査データをいちいち手入力することは問題が大きい。幸い、検査情報は医療機関ごとにデータベース化されると予想されるので、そこから必要なデータを光カードに自動入力する方法が考えられる。私どもの実験では、自動入力は手入力のおよそ30分の1の時間で済むという結果が得られている[5]。
(3)出力ソフトウエアの充実
 私どもの立場から検査データの利用のされ方を見ると、医療機関や診療科による相違は予想異常に大きい。したがって、検査データの出力ソフトウエアには、利用される診療現場の事情に沿ったきめの細かい配慮が望まれる。私どもは、ユーザーインターフェース機能を著しく改善した出力ソフトウエアを試作し、効果をあげている[6]。
(4)コスト
 医療用光カードの実用化には、直接目に見えるハードウエアや出力ソフトウエアのコストだけでなく、システムを維持・管理し、臨床検査の進歩に対応して適宜バージョンアップを重ねていくための、目に見えないコストにも配慮が望まれる。

4.5 プライバシーの保護
 医療用光カードに、梅毒やAIDSのなどの検査データが覗き見されないようなしくみが必要なことは言うまでもない。また、カードの検査データを勝手に吸い取って研究に使うなどの乱用も防がれねばならない。しかし、データを暗号化したり、アクセスに患者自身のパスワードを要求するなどして、あまりガードを固くしてしまうと利便性が損なわれる危険がある。


5.医療用光カードの応用における課題

 医療用光カードが医療のさまざまな垣根を超えた互換性を確保できたとしても、検査データそのものに互換性がなければ、メリットが半減してしまう。私どもは、検査データを正常範囲と同時記録することにより、施設間での互換性をある程度保つ工夫を考案した[1]。しかしあくまでもこれは過渡的措置であり、臨床検査の標準化は私どもに共通する大きな課題である。現在、測定法の標準化、検査精度の標準化、SI単位への統一、インデックス表示の並記など、各方面で精力的に作業が進められているので、それらの成果が期待される。


参考文献
[1]椎名晋一、他:光カードを用いた医療情報管理システム、第7回医療情報学連合大会論文集、597-600(1987).
[2]西堀眞弘、椎名晋一:メモリー・カードによる検査情報管理システム、臨床病理臨時増刊 特集第77号、91-101(1988).
[3]椎名晋一、他:光カードの医療用データベース・ファイル・フォーマット、第9回医療情報学連合大会論文集、621-624(1990).
[4]Shiina, S. and Nishibori, M., Problem and Solutions in the Clinical Application of Laser Card, Proceedings of the twelfth annual symposium on computer applications in medical care (1988), pp. 600-601.
[5]西堀眞弘、椎名晋一:光カードに医療情報データベースを自動入力するシステムの開発、第9回医療情報学連合大会論文集、625-628(1990).
[6]松戸隆之、椎名晋一:医療用光カード・システムのマン・マシン・インターフェース、第9回医療情報学連合大会論文集、681-682(1990).


→目次へ