第1回日本医療用光カード研究会論文集、43-46、1990年 [一般演題2]
光カードヘの画像情報の記録
○松戸隆之、椎名晋一 東京医科歯科大学 臨床検査医学教室
1.目的
医療用光カード・システムは、患者が診療情報を記録した光カードを携帯することによって、受診する多数の医療機関の間で情報を共有することを目的としたシステムである[1][2][3][4]。
一方、医療において、レントゲン写真をはじめとする画像情報や心電図などの波形情報の果たす役割りは極めて大きいが、従来は、情報を参照するために、フイルムや波形記録そのものを持ち歩く必要があり、情報の共有は事実上極めて困難であった。
今回、われわれは、光カードに2値化画像および心電図波形を記録する試験的なシステムの構築を行なった。ここでは、試作したシステムの概要を紹介し、その問題点について考察する。2.方法
使用したハードウェアは、パーソナル・コンピュータ NEC PC9801RA5、光カード・リーダー・ライター 日本コンラックス LC-303型、電子スチルカメラ Canon Q−PIC、画像取込ボードデジタルアーツ Hyper Vision、フレームバッファーデジタルアーツHyper FRAME+、心電図自動解析装置 日本電気三栄 KARTIZER-4000である。ソフトウエアはC言語で自作した。
画像データの記録手順は次の通りである。記録する画像を電子スチルカメラで撮影する。この画像を標準NTSCビデオ信号を介して画像取込ボードにより1677万色フルカラーでフレームバッファーに取り込む。この画像から、必要な部分を切り出し、まず256階調の白黒画像に変換し、次いで白黒2階調の画像に変換する。この2値化画像データに、日付、タイトル、大きさなどの情報を付加して、光カードに記録している。
2値化にあたっては、特定の閾値との上下だけで白黒を決める単純2値の方法ではコントラストが強くなりすぎるため、閾値からの誤差を周囲の点に分散して付加するアルゴリズムを考案し、疑似的に明るさの階調が表現されるようにした。
心電図波形の取り込みは、心電図自動解析装置 KARTIZER-4000において250Hz,40bitでサンプリング、A/D変換された心電図波形データを、一旦フロッピーディスクに記録し、これをパーソナル・コンピュータで読み出して、250Hz,8bitの波形データに変換してから光カードに書き込んでいる。データ書き込み時に、画像データと同様に日付、タイトルを付加している。
光カードヘのデータの書き込みは1トラック4セクター、1セクターあたり257バイトの固定長で行なっている。書き込まれたデータについてのインデックスは特に作成していないが、各セクターの先頭に前後のセクターとの接続関係、セクター内容のコード、書き込み日付などの情報を記録してあり、読み出し時に書き込み、読み出しエラーの検出、読み出しアルゴリズムの選択がセクターごとに行なえるようになっている。このため、文字データ、数値データ、画像データ、波形データを、カード上で自由に混在させることができる。
光カード上のデータの参照方法については、本システムが、主として医師が診療を行なう際に患者の過去のデータを利用するという状況を想定しているため、ちょうど机の上にカルテやレントゲン・フイルム、心電図を広げるように、任意の種類の情報を、自由な組合わせで、同時に画面上に表示するようなマン・マシン・インターフェイスを目標とした。具体的には、独自のマルチ・ウィンドウ・システムを構築し、画面上で文字データ、数値データ、画像データ、心電図データを、それぞれ別のウィンドウに表示し、ウィンドウの種類、大きさ、位置を利用者が自由に選択できるようにした。同時に開くことができるウィンドウは100枚以上と実用上はほぼ無制限で、文字データ、数値データ、画像データは各ウインドウの中で上下左右に自由にスクロール可能である。これらの機構により、患者データのうち、利用者が必要とする情報だけを、任意の組合せで、同時に表示することが可能になる。また、データの呼び出しや、ウインドウの移動、大きさの偏向、スクロール、消去など、情報の選択、画面レイアウトに関する操作をすべてマウスだけでできるようにした。3.結果
今回作成したシステムで取り込める画像の最大の大きさは、横640点×縦400点でデータ量としては32KB、ディスプレイ上での解像度は約60dpi(dots per inch)である。現在われわれが使用している光カードの容量は約2.8MBであるから、最低でも約90枚の画像データがカード内に保存できることになる。
データの光カードからの読み出しは数秒から十数秒を要するが、一度読み出すとデータがRAMディスクなどのワークエリア上にコピーされるため、再呼出しや、ディスプレイ上での画像の移動スクロールなどは高速である。
画質は60dpiの2値化画像であるから、医療用の画像として十分なものとは言い難いが、疑似的に多階調に見えるような処理をしており、手書きのスケッチなどに比べればはるかに詳細な情報を伝達することができる。しかし、データの書き込みに当っては、2値化の処理に数分から数十分を要し、今後プログラムの改良の必要があると考えられた。
心電図データは、12誘導のすべてについて、250Hz,8bit,5秒間のデータを格納するため、全体で約15KBになり、光カード1枚について約180回分の記録が可能である。1記録当りの読み出し時間は約30秒であり、画面への展開時間は約8秒である。カードからのデータ読み込みにあたっては、画像データと同様、最初に読み出しを行なった時点でデータがワークエリアにコピーされるため、2回目からのデータ読み出しは比較的高速である。しかし、画面への表示に関しては、現在のプログラムでは、ウィンドウの大きさに比例して波形の拡大縮小を行なっているため、ディスプレイの解像度とは無関係に、データ全体の描き直しが必要となり、ウィンドウを描き直すたびにかなり待たされる印象がある。
また、パーソナル・コンピュータのディスプレイ上に表示される心電図波形は、レコーダーやプロッターで記録された波形に比べてかなり見劣りがする。これは、一つにはレコーダーやプロッターが、機構上、個々の点の間を補間するようになっているためだが、ディスプレイでは画面が離散的な点の集まりとして構成されているため、斜めの直線が階段上に表示されたり、解像度以下の点が一つの点に縮退してしまうなど、特に波形を小さく表示した時に、波形の歪みが大きい。4.考察
医療において、画像や波形は文字や数値では置き喚えることができない多くの情報を診療や研究に提供する。しかし、その情報量の膨大さと特殊な入出力装置の必要性から、これらの情報をコンピュータで扱うことは最近まで極めて困難であった。
近年、光ディスクのような大容量の記憶装置、高速なネットワーク、そしてコンピュータの飛躍的な性能の向上を背景として、医療情報をコンピュータによって統合して管理しようという試みが、PACS(Picture Archiving and Communication System)として、実現されるようになった。しかしこれは、医療情報を質を落とすことなくフィルムレス化しようという試みであリ、個々のデータは、圧縮処理を行なってもレントゲン写真1枚当り教百KBにおよび、データの参照のために高価な端末が必要であるという点でも、普及には相当の時間を要すると思われる。
われわれが開発を行なっている医療用光カードシステムは、患者がカードを持ち歩くことによってその患者に関する診療情報を、多施設で共有することを目指すものである。この場合、患者が多数のカードを同時に持ち歩かなければならないのであれば、このようなシステムの有用性は大きく損なわれる。また、どのような病院でも情報が参照可能であるためには、比較的安価なハードウェアのみでシステム構築ができることが望ましい。
2値化画像は、画質、情報量の点では、レントゲンフィルムやPACSの画像におよばないが、データ量が少なく、比較的簡単なハードウエアで入出力を実現できるというメリットがあり、現時点で光カードに記録する画像情報としては、適当なものであると考えられる。今回開発した2値化画像記録システムは、パーソナルコンピュータ上に構築されており、書き込みに時間がかかるものの、現在の容量の光カードで、他の種類の情報と混在させながら十分な枚数の画像情報を記録でき、読み出しも実用的な速さで可能である。画質は十分とは言い難いが、医師がしばしばカルテに描くような手書きのスケッチに比べれば、はるかに多くの情報を伝えることができると思われる。以上のような観点から、現時点では、光カードに記録する画像情報としては2値化画像が最適であると考えられる。今後、より品位の高い画像情報を扱うためには、カード容量の一層の増大、コンピュータやリーダー・ライターの性能の向上、高細精度でフルカラーあるいは高階調表示が可能な表示装置の低価格化が必要である。
画像情報に比べ、波形情報のデータ取り込みは比較的容易である。波形データをディジタル化するためにはもとのアナログの波形データを、ナイキスト周波数の2倍以上の周波数でサンプリング、A/D変換すればよい。心電図、脳波については、波形をディジタル・データとして取り込んで自動診断を行う機種、光ディスクなどによるファイリング装置が内蔵された機種が既に市販されており、取り込み周波数、量子化bit数、記録時間などのデータ・フォーマットの標準化こそなされていないが、手順としては確立されていると言ってよい。
データの記録には、2通りの方法が考えられる。一つは取込まれたデータをそのまま記録する方法で、この場合、データそのものは離散的であるが隣り合う点の間を直線あるいはスプライン曲線などで補間することが意味を持つため、拡大縮小可能なベクトル・データとしての性格を保存した記録方法となっている。この方法では表示装置の解像度に合わせたデータ表示が可能であるが、データ展開に時間がかかるという欠点がある。もう一つの方法は、波形を表示装置の画面に展開した後の画像として記録する方法であり、表示が高速で、画像圧縮の手法が適用可能なためデータの縮小も可能であるが、ベクトル・データとしての性格は失われる。
われわれは、記録に当って前者の方法を採用した。医療用光カードは、カードに記録された情報の長期間の利用を想定しており、特定の時代の特定の表示装置の性能、構造に依存するようなデータ形式は望ましくないと考えたからである。自動診断などの波形解析の対象データとしての利用を考えても、前者の形式が有利である。しかし、実際の表示に当っては、高速化のために、プログラム内部で両方の形式を、状況に応じて使い分けることが望ましい。
現在のパーソナル・コンピュータのディスプレイの解像度は心電図波形の表示装置としては明らかに不十分である。画面全体に12誘導を表示する場合、6誘導ずつ左右に表示するとして、もとのデータの解像度は、時間軸上で250×10×2=5000点、電位の軸上で256x6=1536点であるから、ディスプレイの解像度640点×400点は記録されたデータが本来特っている解像度の30分の1に過ぎないことになる。このため、特に波形の細かい部分でディスプレイ特有の斜線が階段状になる現象が見られ、P波など小さな波形の特徴が判別し難くなり、STの僅かな偏りの判定も困難である。一方、ディスプレイに表示することによって、時系列的な表示が容易に行えたり、他の情報と混在表示が可能などメリットも大きい。そこで、現時点では、必要に応じて、プロッターなどの解像度の高い出力装置に出力するような方法を別に用意しておくのが、現実的な解決法かと思われる。
本システムでは、臨床的な有用性の高さという点から、波形情報として12誘導の心電図波形のみを取り扱った。しかし、今後、心電図以外の波形、また心電図でも定型的な12誘導ばかリではなく、高解像度の、あるいは長時間の波形を必要に応じて自由に記録できることが望ましい。この場合、もとの波形を再現するために、コンピュータに対して、その波形がどのような条件で記録されているのか、どのように表示されるべきなのかを指示してやる必要がある。このためには、定型的な記録方法をあらかじめ測定しておいて、それをコード化し、記録時にコードとともに波形データを書き込む方法が考えられる。しかし、われわれのシステムのように、一人の患者の一生におよぶような長期間のデータの記録、保存を目的としたシステムの場合には、記録されるべき情報の種類は時代により変わると考えられるから、拡張性という点で、このようなコード化は問題があると思われる。この意昧で、波形情報の構造を記述する言語というレベルでフォーマットが規定されることが望ましいと。
一方、画像情報や波形情報を医療情報の一部分として促えた場合、単に個々の情報を記録するばかりではなく、他の情報と関連づけ、構造化して情報を記録することが重要であり、また、画像や波形にコメントの書き込みを行なったり、レポートを付加したりすることも必要であると思われる。このような機能の実現は今後の課題である。5.結論
光カードに2値化画像と心電図波形を記録するシステムを構築した。われわれの方法では、現在使用可能な光カードで、カード1枚あたり、画像データとして約90枚以上、心電図にして約180回分のデータの記録が可能であり、データの読み出し速度、表示速度も許容できる範囲であった。画像については、カード容量の増大、ハードウェアの進歩に伴って、将来的には多値化画像、カラー画像が取り込まれてゆくべきであると考えられるが、光カードを、画像に限らない総合的な個人医療データベースと考えた場合、それに含まれる画像情報は、現時点では2値化画像が、実用的な意味で最適であると考えられた。
心電図については、情報の記録には大きな問題がないが、情報の表示に関して、現在のパーソナル・コンピュータのディスプレイでは解像度の点で不十分と考えられた。また、今後心電図以外の波形データを取り込んで行く場合に、情報の構造を規定する言語というレベルでの標準化が必要であると考えられた。
文献 1)椎名晋一、他:光カードを用いた医療情報管理システム.第7回医療情報連合大会論文集,597-600,1987.
2)Shiina, S. and Nishibori, M.: Problems and solutions in the clinical applications of laser card. Proceedings of the 12th annual symposium on computer applications in medical care, 600-601, 1988.
3)椎名晋一、他:光カードの医療用データベース・ファイル・フォーマット.第9回医療情報連合大会論文集.621-624,1990.
4)松戸隆之、椎名晋一:医療用光カード・システムのマン・マシン・インターフェイス。第9回医療情報連合大会論文集,681-682,1990.