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第2回日本医療用光カード研究会論文集、17-18、1991年

[シンポジウム2]

糖尿病診療域における光カードの適応

○槇村博之・松岡 瑛
兵庫医科大学 中央臨床検査部

はじめに

 代謝・内分泌学の領域においては、各種検査データの推移を経過を迫って観察し、その変動パターンを分析することは、日常的に行われる一般的な診療行為の一つになっている。
 特に糖尿病学においては、インスリンの生体内半減期が約5〜10分と極めて短いために代謝回転も速やかで、血中インスリン濃度の他、血糖値、ケトン体などの時系列データの分析は病態の評価、治療方針の決定、治療効果の判定を行なうに際し重要な役割を果たしている。
 また血中インスリン値や血中グリコヘモグロビン値は、血糖値ほど急激な変動は示さないが、中期的、長期的な治療効果を判断するうえでいまや欠かせない検査項目であり、その経時的変動の観察は糖尿病患者の白己管理の良否を見極めるための有用な指標となつている。
 最近、厚生省研究班の疫学調査で中高年者層の国民の十人に一人が糖尿病に罹患しており、糖尿病患者総数は推定500万人とされること、加えて相当数の糖尿病予備軍の存在も予想されるとの結果が報告された。
 糖尿病が生涯完治することのない疾病であり、重篤な糖尿病性慢性合併症の進展を防止するためには、自覚症状の有無や病状の良否にかかわらず治療を継続し良好な血糖コントロールを維持することが最大の課題となることを考慮すれば、今後糖尿病患者の既往検査成績や治療歴を光カードに記録し、出張や転勤、引越しなどの際に適切に活用できれば、糖尿病の診療に画期的な改革がもたらされるものと思われる。
 今回は糖負荷試検、血糖日内変助、血中グリコヘモグロビン値の変動など実際のデータを参考に糖尿病診療域への光カードの適応を考えてみた。

1)経口ブドウ糖負荷試験成績

 経口ブドウ糖負荷試験では一般に、負荷前、負荷後30分、60分、(90分)、120分、180分の5〜6ポイントで血糖値、血中インスリン値を測定する。
 疾病の有無、重症度、病型の区別はWHOの勧告に準じて判定されるが、負荷試験の成績は同一個人においても必ずしも一定ではなく、繰り返し観察した場合、発症前後の経過、罹病期間、治療経過などによって大きく変化することも稀ではない。
 発症直後の糖負荷試鹸(A:血糖、a:IRI)で重篤な糖尿病と診断されインスリン療法を開始した症例でも、後に内因性インスリンの反応が予想以上に回復(B:血糖、b:IRI)し、以後経口血糖降下剤または食事療法のみで良好な治療効果が得られる場合があるが、これがインスリン依存性糖尿病における寛解期であるのか、インスリン非依存性糖尿病において膵内分泌機能の疲弊状態が改善したためであるのかの判定は容易でない(図1)。

図1

 その後も糖負荷試験を適宜反復実施し、膵内分泌機能の長期にわたる変遷の経過を把握することによって、病型診断や治療方針の見直しを迫られる場合も少なくない。

2)血糖日内変動

 血糖値の変動の分析には、MOD、MAGE、M-値など従来から様々な方法が考案されているが、投与カロリーや使用薬剤の日内配分の妥当性を評価するには、血糖日内変動の成績を用いて算出するM-値が最も有用と考えられる。
 図2においてAは1800KCal三分割の食事を投与し、モノタードインスリンを朝16単位、夕8単位使用中の成績である。Bは食事を四分割にしインスリンの総投与量は不変で配分を朝14単位夕10単位に変更した場合の結果である。M-値の計算法は紙面の都合で割愛するが、この例ではM-値は変更前の54から23へと低下し明らかな改善を示した。

図2

 この様に患者の生活習慣、食習慣を考慮した適切な治療方法の決定には、一般に行なわれている早朝空腹時の血糖値測定のみでは十分とは云えず、入院時や血糖自己測定による血糖日内変動の結果を長期的に記録・保存し、その成績をそれぞれの時点の治療内容や生活の背景への配慮も含めて対比・検討することによってようやく合理的な選択が可能になる。

3)血中グリコヘモグロビン値

 血中グリコヘモグロビン値は最近数年間に急速に普及してきた検査項目で糖尿病のコントロール状態を過去1〜2ヶ月間の平均値として反映し、血糖値のように検査直前の摂食などによる影響は少ないとされている。
 任意に測定した血糖値の増高が間食などによる一過性のものか、糖尿病それ自体の増悪を意味するものかを判断することは必ずしも容易ではないが、血糖値と血中グリコヘモグロビン値の併用で不用意な薬剤投与量の変更を回避することが出来る。
 また、良好なコントロール状態で安定に経過しているように見える患者でも、血中グリコヘモグロビン値を年単位で長期的に観察すると、季節的な要因(正月の餅や夏期の果物など)が関与していると推察される周期的な変化が発見されることがあり、その時系列データをグラフ化し患者自身に提示することで自己管理意識の再強化を促すことも出来る。

 このように血中グリコヘモグロビン値に限らず、経口ブドウ糖負荷試験や血糖日内変動などの長期間、頻回にわたるデータを光カードに集約的に記録することが出来れぱ、転院や転科などで担当医が変更になった場合にも貴重な情報の集積を容易に共有することが可能になり、治療方針の継続性を確保し治療効果の安定性を維持するうえで極めて有効な手段になると思われた。

まとめ

 糖尿病が老化を早める疾患であるとするならぱ、単に血糖値や血中グリコヘモグロビン値のみならず、血中脂質や腎機能などあらゆる検査項目の定期的な観察が必要であることは云うまでもない。
 しかし日常の診療においては、一部の比較的限られた検査項目についての長期的、反復的、継続的な観察が重要な役割を果たしており、更にそれら時系列のグラフ化表示が患者の自己管理への動機付けにも大きな影響力を持つことが知られている。
 医療用光カードの研究はまだ端緒についたばかりであり、当面の課題が共通フォーマットの確立にあることは明白だが、将来は一部の疾患についてその疾患に特有の検査項目およぴそれらへのデータ領域の配分などに配慮を施した、疾患別の専用フォーマットも工夫されてしかるべきではないかと考えられた。

文 献

後藤由夫、菊池宏明:真血糖値に対するM値の適用に関する研究.糖尿病 Vol.15,No.5,319-323.


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