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第2回日本医療用光カード研究会論文集、27-28、1991年

[一般演題1]

透析患者用光カードシステム

竹沢真吾
善仁会研究部

はじめに
 腎不全対策として広く行われている血液透析は、治療方法がいくつかあるもののその手技が世界的に同一である。具体的には、使用する透析器(ダイアライザー)、透析液、抗凝固剤などが同じである。すなわち、ある透析施設の患者が他の施設へ旅行などで移動しても、どのような透析を受けていたかが分かればほとんど問題なく透析を継続することが可能である。しかし、透析の状態をすべて知らせるためには多くの情報を提供しなければならないため、現状では限られた情報のやり取りで旅行透析が行われている。
 また、血液透析は慢性疾患なので、日常の血液検査結果の推移を経時的に観察し、十分な自己管理が必要である.しかし、通常検査データを時系列的にグラフ化することは膨大な労力を要するため、臨床現場ではほとんど行われていない。
 以上の点に着目し、透析患者に必要なデータおよび検査結果を光カード内へ取り込み、随時情報を取り出せるようにした。この方法が普及することにより、透析患者の行動半径の拡大、容易な自己管理や患者指導の実現が可能になる。

1.方法
 日本の透析規模は1施設あたり50から100名の患者を抱えていることが多い。したがってコンピュータ本体にはマイコンを用い、小規模形式でシステムを構築した。データのバックアップには光磁気ディスクを利用した。ディスク内には1施設の全患者データが入っているため、透析従事者が患者データを一覧したりメンテナンスを行う場合にはディスクを用いて処理する。図1に概略を示す1)

図1 光カードシステム概略図

 光カードリーダライタはオリンパス光学工業(株)製で、ソフトはオリンパスソフトウェア(株)と共同で作成した。扱う情報は、
 1.患者基本情報
 2.患者医療情報
 3.透析条件
 4.使用薬剤
 5.血圧・体重
 6.血液検査結果
であり、医事業務とは切り離している。膨大なデータ量である血液検査結果の入力は検査を依頼している(株)メコムよりフロッピーの形式で受け取り、光磁気ディスク内へ自動的に取り込んでいる。血圧・体重は当施設でオンライン状態にないため、透析技師による手入力で対処している。透析条件、薬剤などはマスターファイルからのウィンドウオープン形式による選択方法を採用しており、入力の簡略化を図った。

2.結果および考察
2−1 基本情報・医療へ情報の入力
 各患者に対し1回の入力で済むものの、カルテ記載位置が不明確などの理由によりかなりの時間を要した.既往歴などのように患者自身もうろ覚えの項目があり、組織的に情報の収集、入力チェックを行う必要性を感じた。本システムに限らず何等かのデータベースを構築する場合には、医療現場にプロジェクトチームを組むなどの対応が必要である。また特に感じたことは、イラストや漫画を多く取り入れたマニュアルの必要性である。マニュアルは往々にして難解であり、看護婦に受け入れられない一因となっている。看護婦の回転は早く、その都度説明ができないため、分かりやすいマニュアルができるかどうかで導入の成否が決定されよう。
2−2 過去の検査データの入力
 検査センター側に過去3年分の全患者データがIBMフォーマットフロッピーにEBCDICコードで蓄積されていたため、これを市販ソフトを用いてDOSのASCIIコードに変換し、本システムへ組み込んだ。元データの容量は200メガバイトほどになり、変換作業および組み込み操作には2週間ほどを要した。しかしこの操作は組織的に行う必要がなく、コンピュータに精通した人材が1名確保できれば対処可能である。
 当院では患者が関連施設を移動した場合でも患者IDが変わらないため何等問題なくデータの取り込みは行えたが、データが蓄積されているものの患者IDが複数に渡る場合にはソフト上でかなりの工夫が必要である。本システムでは患者IDを変えることは誤操作防止の意味から行えないようにしてあるため、同一患者で複数のIDを持つ場合には各々のIDファイルを最後に統合する形式をとることになる。今後多くの施設で使用された場合、患者移動に伴なうデータあるいはカード自体の取り扱いが問題となる。
2−3 血圧・体重の手入力
 透析開始時と終了時の血圧・体重は光磁気ディスク内へ蓄積し、適時カードへ書き込むようにしている。キーボードからの入力は透析技師の業務として行っており、1透析20名の患者の場合には1回の入力(透析前後のデータを合わせて)に1 0分弱を要している。透析は1日2回昼間(午前9時より午後1時まで)と夜間(午後5時より午後9時まで)行う。しがたって、データの入力は昼間の透析が終了した直後に昼間の透析患者データを入力し、夜間透析が終了した直後に夜間の透析患者データを入力している。カードは患者自身に携帯させているため、いずれもカードへの書き込みは次回の透析中に行っている。これは、1枚のカードへの書き込みに数十秒を要し、夜間透析終了時には患者の帰宅に影響を与えるためである。血圧・体重は自動血圧計とデジタル体重計をコンピュータへオンラインすることにより、技術的には自動取り込みが可能である。
2−4 データの活用
 過去の検査データが一覧できることは自己管理が容易となり、患者にとって望ましいことと考える。しかし、自己管理結果がデータへ反映するには教カ月を要する上、患者によっては現状で十分であるとの認識が強く改善の意志がないなど、システムが有効利用されない要因も見られている。この部分は医師と看護婦を中心とした患者指導をいかに工夫するかにかかっており、慢性疾患において必ずみられる壁であろう。
 毎回の検査データは従来通りの紙への打ち出して患者に配布されているので、カード上の検査データは長期変動を知ることに重点が置かれている。したがってコンピュータ画面を見ながら、あるいはグラフのコピーを見ながらの患者指導は頻度が少なく、実際に効果が現れるためには半年ほどを要すると思われる。
 透析現場では光カードによるデータ管理はもちろんのこと、コンピュータによるデータベース化すらめずらしいため、患者・医療従事者双方で大きな戸惑いがみられている。患者が接しやすいように控え室の一角に患者専用のセットを置くとよいようにも思われるが、スペースなどの問題を抱えているため、この点は将来の使用方法も含め大きな検討課題である。また、患者用のマニュアルはコンピュータを全く知らなくても操作可能なように、漫画などのイラストのみにしたものが望ましい。
2−5 セキュリティ
 光カードには透析患者のほぼ全てのデータが入っているため、カード内の情報が不正に閲覧された場合にはきわめて大きな社会的問題を生ずる。今のところフィールドテス卜段階なため、キーカードや暗証番号などのプロテクトは施していないが、特定の人物以外は閲覧できないような工夫はぜひ必要である。しかし、プロテクトが足かせとなり緊急時に対応できなくてはカード化の意味がない。この点は学会全体で十分議論し、妥当な方法が提案されることを望む。
 万一カードが他人の手に渡っても不正に閲覧できないシステムでなければ、このような方法は普及しない。実際、カードを携帯している患者の中にはセキュリティに関し不安を抱いているものがおり、早急に解決すべき課題である。
2−6 検査データの絶対値
 患者移動を考えた場合、検査データの絶対値は大きな問題である。表1に全国の数施設に依頼して測定した同一検体結果を示す2)。検査項目によっては大きく値が異なっており、他施設から患者が来た場合、検査データの違いが絶対値によるものなのか患者の状態によるものなのか不明な時期が数週間続くことになろう。これは検査方法の違いによるものと、方法は同じだが使用する水や分析機器の違いによるものが考えられる。カードが普及し始めた段階で大きく取り扱われるべき課題である。

表1 複数施設での同一検体分析結果
BUNクレアチニン尿酸β2-MG
92
92
97
102
87
97
98
98
101


90
93
85
111
96
91


14.5
14.5
14.4
14.7
13.7
14.5
13.1
13.2
14.4


13.3
13.4
13.6
16.5
13.2
13.1


8.1
7.8
7.8
7.8
8.4
8.3
8.4
8.5
7.7
7.6
7.6
7.9
8.0

8.0
8.1
8.3


35 RIA
38 RIA
44 RIA
43 RIA
38
39
37
40
48 LTX
43 RIA
41 RIA
48 LTX
47
42 EIA
39 EIA
38
41
39 EIA
49 RIA
平均 9514.08.042
CV 6.66.33.59.6%

2−7 海外への対応
 今のところ情報は日本語で記述されているため、海外旅行時に活用できる体制ではない。これは薬物に関する国際コードのないことが一因である。この点は特にヨーロッパで注目されており、コメントも含めて国際的なコード化を押し進めるべきであろう。

3.結論
 光カードを血液透析患者データベースとして活用するためには、
 1)時系列データ管理の垂要性
 2)カードデータのセキュリティ
 3)検査データの意味
について十分検討すべきである。血液透析は手技・手法がほぼ統一されており、カード化は比較的容易ではないかと考える。

参考文献
1)竹沢真吾:透析と工学.透析患者データ管理システム(2).日本臨牀 7 1171-1174, 1991
2)ハイパフォーマンスメンブレン研究会編:透析スタッフのためのハイパフォーマンスメンブレン Vまとめ p-221.1990 東京医学社 東京


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