→目次へ

第3回日本医療用光カード研究会論文集、17-20、1992年

[特別講演]

医療用デ一タ記録システムの開発課題

大山永昭
東京工業大学 像情報工学研究施設

1.はじめに

 ICカードや光カード、さらに光ディスク等の実用化により、保健・医療データをこれらの媒体に記録し、医療の情報化を図る試みが盛んに行われている。これらの媒体は多くの記録容量を持ち、コンパクトで持ち運びが可能であるため、個人の医療情報を記録する等の新しい応用が期待されているが、これらの応用が実用化され一つの社会システムを構築するためには、メディアレベルでの互換性を碓立しなければならない。
 本文では、はじめに上記の各種媒体を用いた互換システムを構築するために必要となる標準化項目を明らかにする。次に、メディア毎の問題点を整理し、問題を解決するための方策を考察する。そして最後に、これらのシステムの将来を展望する。

2.標準化項目とデータの互換性

 カードメディア等の可搬媒体を用いたオフラインシステムを構築するためには、大まかに分けて以下の3項目の標準化が必要である。
(1)Physical format
(2)Volume and file structure
(3)Data format
上記(1)の物理フォーマットは、媒体の大きさや形状、および光記録媒体では反射率等の記録特性、さらにICカードでは記録信号の電気特性等を含んでいる。このフォーマットは媒体固有であるため、異なる物理フォーマットを持つ媒体の互換性を確保するためには、特殊なドライブを作らなければならない。言うまでもなく、このような特殊ドライブの作成は技術的には全く問題無いが、製作および製品管理のコストが高いため、現実的には非常に困難であり、複数ドライブを用いる方が得な場合もしばしばある。(2)のvolume and file structureは、ソフトウエアで実現されることが多く、ファイルおよびボリュームの構造を決める方式である。このフォーマットは媒体の記憶容量に依存しない用にすることが可能であるため、論理的にきれいな構造が望ましい。(3)のデータフォーマットは、ユーザーが実際にデータを書き込む内容の記述方式(各種コード等)やファイルの作り方に関する取り決め等を含んでいる。
 上記の項目全てが標準化されてはじめて、医療用のオフラインシステムを構築することが可能になるが、このようなシステムの実用化は、一般の計算機の世界においても前例が無い。その原因は従来の計算機システムにおいて、一般ユーザーが発生するデータに最も価値が高いというオープンデータシステムとでも呼ぶべき考え方がないためである。
 近年になって開発されたRISC(reduced instruction set computer)は、計算速度を飛躍的に向上させただけでなく、インストラクションを単純化したことにより実行レベルでのソフトウエアの互換性をも実現した。このことから現在の計算機システム技術は、オープンデータシステムヘ近づいていると言えなくもないが、このようなシステムを実用化するためには、やはりユーザー側がデータ互換の必要性を強く主張しなければならない。

3.医療用ファイルシステムの条件

 医療用のファイルシステムは、病院内等で用いられるクローズされたシステム以外は、公共的な使われ方をすることも予想されるため、以下の条件を満足するように構築しなければならない。
(1)データ保護やプライバシー保護の観点から、システムおよび媒体には何等かのセキュリティー機構を設ける。
(2)記録するデータの追加や一部削除に対応できる柔軟なファイル構造を有する。
(3)システムを構築する機器は、複数のメーカーが供給できる。
以下では、各項目についてより詳しく考察する。

3−1.セキュリティー機構

 医療・保健データを取り扱うファイルシステムにセキュリティー機構が必要であることは、誰もが認めることである。しかし、強固なセキュリティー機構は、一般的に使い勝手を悪くしてしまうことが多いため、医療用のファイルシステムにおいても、媒体の使用環境を考慮して最適な機構を開発しなければならない。特に、データのセキュリティーでは、暗号化が最善の手法であると考えがちであるが、医療用ファイルシステムのように、オフラインで媒体が移動する場合には、暗号化は様々な問題を有しており、実用化するのはほとんど不可能であると言わざるを得ない。

3−2.柔軟なファイル構造

 医療用ファイルシステムは従来に無い新しい応用であるために、その価値や利用形態はまだ明らかになっていない。したがってカード等の記録媒体には、様々なデータが記録される可能性を有しており、ある特定のデータのみを取り扱うようにシステムを設計するのは非常に危険である。このことは言い換えると、媒体内に作られるファイルの一部は、必ず可変長になることを意味している。この観点から、固定長ファイルのみを記録できる現在のICカードは、早急に可変長ファイルを取り扱えるように改善すベきであると言える。

3−3.複数の供給メーカー

 標準化は、複数メーカーが供給するシステムの互換性を実現するために行われるが、一方メーカーには常に他のメーカーとの差別化を図ることにより、自社製品を優位におこうとする力が働く。しかし医療用のファイルシステムにおいては、データ互換が最大の課題であるため、この条件を破ることのないように差別化の議論をするべきである。したがって、特殊な技術(暗号化や記録方式等)をもって自社製品の優位性を主張するのであれば、その技術は早急に公開し、他のメーカーが自由に使えるようにすべきである。

4.ICカードと他の媒体

 ICカードの最大の特徴は、媒体内にCPUを装備していることである。ここでは、医療用オフラインシステムを構築する上で、この特徴がどの様に生かされるかを考えてみる。ICカードはCPUを内蔵しているので、ホストコンピュータと媒体とは通信によりデータの交換を行うことができる。したがって、ICカードは小さなコンピュータシステムとしての機能を持つことが可能となり、記録されているデータのアドレスやファイル構造等は標準化されていなくても、互換性を有したオフラインシステムを構築することが可能である。このことは様々なハードウエアやOS(0perating System)を用いた機器がネットワーク化されていることを考えれば明かである。一方CPUを持たないその他の媒体は、メディアやファイル等の管理情報を標準化して、その情報をメディア内に記録しなければならない。したがって標準化の観点からは、これらの媒体の方が作業項目が多いことになる,
 次に上記の違いを、ホストとメディアとのデータ交換手順を例にして説明する。CPUを内蔵したメディアとのデータ交換の基本手順は、「 aという名のデータ列を記録して下さい」というホストからの要求に対して、メディアからは、「はい記録しました」あるいは「領域が無いために書き込めません」と返事することである。また、メディアからデータをもらう場合には、「aというデータ列を下さい」に対し、「はいどうぞ」あるいは「そのデータは記録されていません」との回答になる。このようなデータ交換の手順は、データ列の名前を用いて行われる。一方、CPUを持たない媒体では、上記のデータ交換メッセージは、常に「aという名前」の代わりに「a’番地」というアドレスを用いなければならない。以上から、CPUを内蔵したICカードは、データの格納場所や記憶容量等を標準化しなくても互換性を確保できるのに対し、その他の媒体は、少なくともメディアやファイル等の管理情報の記述手法を標準化しなければならないことが分かる。

5.各媒体の標準化状況と謀題

 ここでは、光磁気ディスク、光カードおよびICカードを取り上げて、各々の標準化状況と開発課題について述べる。

5−1.光磁気ディスク1)
 光磁気ディスクを用いた医療用オフラインシステムとしては、IS&C(Image Save And Carry)があり、まもなく商品化されると予想される。光磁気ディスクには、もちろんCPUは装備されていないので、ボリュームとファイルの管理情報も標準化されている。さらにより高度な互換性を確保するために、ハードおよびソフトウエアに関する互換性確認試験が行われ、この試験にパスしたシステムのみがIS&C準拠と唱うことができる。この試験は、医療情報システム開発センター(MEDIS−DC)が行っており、その具体的な対象は、セキュリティー機構を有した光磁気ディスクメディア、ドライブおよびファイルマネージャである(図1参照)。
 IS&Cシステムは、以上の説明で分かる通り、既に基本となる項目の標準化作業はほぼ終了している。ただし、疾病や検査項目等の各種コード化や用語の統一等、ユーザー側が行わなければならない標準化作業は、今後も継続する必要がある。またこのシステムは、その医学的な価値を実証するために、現在、通産省・厚生省の共同プロジェクトとして推進されており、国立がんセンター病院において各種の実験が行われている。

図1 IS&Cシステムの基本構成

ファイルマネージャ、光磁気ドライブ、およびメディアのセットでセキュリティーが確保され、各々は単独では機能しない。

5−2.光カード2)
 光カードは、2〜4メガバイトの記録容量を持っており、医療応用に問する各種の研究が行われている。現在、ISOのSC17のWG9で媒体の標準化作業が行われているが、既に複数の物理フォーマットを用いた製品が発売されており、メーカー全てが同一フォーマットをサポートすることは困難な状況にある。もちろん、異なるフォーマットを用いた光カードの全てにアクセスできるドライブを開発することは可能であるが、複合型のドライブは必然的に価格の高騰を招くため、使用目的を明確にし、このドライブの生産台数を増やす必要があるだろう。
 光カードを用いた医療用オフラインシステムを構築するためには、メディアの物理フォーマットの他に、ボリュームとファイルの構造の標準化、セキュリティー機構に関する検討、さらに記録するデータのフォーマットの標準化を行わなければならない。そして、これらの作業を完了するには少なくとも3年以上かかると予想されるため、できるだけ速やかに標準化委員会を発足させ、作業グループを主体とした活動を開始しなければならない。

5−3.ICカード2)
 ICカードは、既にISOでの標準化作業が進んでおり、今後一年程度でISO規格が作られると予想される。しかしこの規格には、汎用ファイルシステムとしての基本である可変長ファイルがサポートされていないため、前述のCPU付きメディアとのデータ交換ができない。もちろん、各々のファイルを大きめに定義して、空いている領域への追記を行うことは可能であるが、記録すべき内容のデータ量がダイナミックに変化すると予想される医療応用では、結果的に無駄の多い使い方になる恐れがある。
 本来ICカードは前節で述べたように、I/Oを行うための通信プロトコルさえ標準化されていれば、互換性のあるオフラインシステムを構築できるはずであるから、カードが有する機能は、各々のアプリケーションに適したものに成り得るだろう。その意味では、カードの電気的な特性や物理的な形状、さらに通信プロトコル等の基本的なスペックが標準化されれば十分であり、内部の論理的な構造の設計や変更等は、何等制約を受けてはならないといえる。
 現在のICカードに、サイズがダイナミックに変化するファイルのサポートを追加するには、以下のような方法が考えられる。
(1)RAM一DISKと同じように、ユーザーメモリをセクターに分割して管理する。
(2)メモリ内のデータ移動を行う。
(3)ファイル間のチェインを行う機能を外部のソフトウエアにより実現する。
これらの手法の内、一般のユーザーにとって最も使い勝手が良いのは、(1)の方法であるが、この手法は現在のICカードのプログラムを大幅に変更しなければならない。さらに、分割するセクターの大きさによっては、無駄になるメモリ領域が多くなることがあり、現在の8キロバイト程度のメモリに適用することは困難である。しかし、技術の、発達によりメモリ容量が増大すると予想されるため、将来は、この手法が使われる可能性が大きいと考えられる。(2)の方法は、(1)と(3)の中間に位置しており、後で述べるように、本文で提案する手法である。(3)の方法は、現在のカードを変更する必要が無いので、実現性はきわめて高いが、システム供給メーカーの全てが共通のソフトウエアを付加しなければならない(図2参照)。さらに、CPU付きメディアの最大の特徴を活かせないという欠点を有している。
 (2)の手法は、図3に示されるように、各ファイルのサイズが変わる度にメモリ領域を移動する方法である。この方法では、記録データの移動が必要となるが、ユーザー領域が無くなるまではファイルの大きさをいつでも変更することができる。さらに、カードにデータを記録するアプリケーション側は、メディアの実メモリサイズを全く意識せずに開発することができ、今後のメディアの高容量化にそのまま対応することが可能である。一方この手法では、ファイルサイズを大きくした時に応答時間が長くなると心配されるが、現在のICカードでも、メモリの再割付を行わなければならず、その手数やカード発行者の問題を考えれば、むしろ短時問であるといえる。したがって、この手法に残される技術的な課題は、メモリ内のデータを移動している最中にパワーダウンが起こった場合のリジューム機能や、高速なデータ移動手法の開発等である。そしてこれらは、まさしくカードメーカーの差別化技術である。

6.おわりに

 本文では、光磁気ディスク、光カードおよびICカードを用いた、保健・医療データファイルシステムを構築するために必要となる標準化項目とその考え方を示し、各メディアの現状を概説した。そして、メディア毎の問題点を整理し、問題を解決するための方策を考察した。また、ICカードについては、可変長ファイルをサポートする手法を示し、記録データをメモリ内で移動する方法を、現状における最善策として提案した。
 本文で述べた技術課題は、汎用のファイルシステムが必要とする基本項目とセキュリティー機構であり、医療従事者側が決めなければならない各種の用語やコード等の標準化は、全く別の問題である。ただし、用語やコードの標準化は、記録されたデータの計算機処理を容易にする、あるいはデータ容量を減らす等の目的には有利であるが、計算機の能力向上およびソフトウエアの進歩を考慮すると、必ずしも一つに標準化しなければならない訳ではないといえる。また、各々の分野で長年使われてきた用語は、それなりの意味を持っているのが一般的であり、それらを統一することは、容易なことではないと予想される。したがって、記憶容量に余裕のある媒体では、自然語をそのまま用いることも十分検討の対象になると思われる。
 媒体レベルの互換性を有する医療用のオフラインシステムを構築することは、本文で述べてきた様に全く新しいものであるため、その実用化には大変な労力と時間を必要とする。しかし、これらのシステムの必要性は明白であり、多くの人の協力を持って実現しなければならない。

図2 共通ソフトウエアを用いた可変長ファイルの実用化システム。この方法では、全てのホストに共通ソフトを載せなければならない。

図3 可変長ファイルを実現する一手法。ここでは、ファイルAにデータを追加したときの概念図を示す。ただしカード内は、ここに示された構造とは異なることも可能である。

参考文献
(1)N. 0hyama "Transportable Image Recording Media−A proposal of ISAC system Proceeding of IMAC' 89, IEEE Computer Society Press, Los Alamitos 250−255(1989)
(2)可搬形大容量記録媒体を用いた医療画像ファイリングシステムに関する調査研究報告書、 1990年3月 (財)機械システム新興協会


→目次へ