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第3回日本医療用光カード研究会論文集、21-22、1992年

[シンポジウム1]

カードメディアによる地域医療への貢献の成果

松浦 覺
兵庫県立成人病センター・五色町・医療・福祉ICカードシステム開発委員会

はじめに

 わが国の医療制度の特色として、自由診療制度、すなわち患者の自由意志で医療機関を選択出来ること。あるいは各種の保険制度が整っているので医療費に関しての個人負担は軽微であることなどがある。従って国民が医療機関を利用する頻度は高く、時、所を同じくしてあるいは違えて多発する医療情報を一括して管理する必要がある。又、老人保健法の施行以来各種の検診が実施されその頻度も著しく増加しているが、これらの検診情報も個人に関して時系列的に統合して管理されてはいない。まして医療情報と相互利用する手段は全く考えられていない。このような情報管理の不合理性が医療の非効率性、無駄の原因となっている。個人についての保健・医療情報を一括して時系列的に管理し、必要が生じた場合、即座に医師に提供することが出来れば多くの無駄が省かれ、効率的な医療が実施できるものと考え、カードメディアを使用した情報管理システムを地域で試行してみようと計画した。

1.システム開発、普及の経過

1−1.地域選定の理由

 試行する地域について、五色町を選んだ理由は、
1)人口規模があまり大きくないこと。大きければ条件が複雑となり、又、あまり少なければ、評価についても意味が少なくなる。10000人内外の人口が適当と考えた。又、人口の流動が少なく閉鎖的であることが評価しやすいと予測した。
2)医療システムについての地域試行は、その医療圏が比較的限定され、出来れば現在のわが国の医療機関の在り方の縮図的な構成とみなしうることが望ましい。地域基幹病院を中心として圏内の医療機関が全て、この試行に参加することが必要と考えた。
 五色町では3個人開業医、2町立有床診療所で町内の医療需要の約40%ずつ、計約80%が賄われ、残りの約20%は町外に流出しているがその大半は、隣接した洲本市にある県立淡路病院に依存しているので、これだけの医療機関と、検診を担当している町立保健センターとでネットワークを構成すれば、試行条件として非常に恵まれた環境となる。
3)次に町の行政当局および、全医療機関の理解と協力が必要であるが、町長は10年以上前から健康政策を町政の基本とし、保健、医療、福祉を重視しておられ、さたに県立淡路病院を中心とした病診連携体制も極めて緊密である。以上の条件から五色町を選定した。

1−2.システム開発についての基本的な考え方

 具体的にシステムを構築するに当たっては、町長、担当の職員、保健所長、町内の医師会長および医師全員、県立淡路病院の院長、副院長等で開発委員会を組織し、検討に入った。まず基本原則として
1)プライバシー、カード内情報の機密性、安全性を守るための手段は全て採り入れる。
2)ICカードはいわゆるカルテの代行をするもの、電子カルテではない。診療の効率化を図るための医療・検診情報の管理手段である。
3)入出力は診療の傍ら医師自らが行うことを原則とし、そのため操作法はなるべく簡単にする。
4)中間評価に基づいてシステムを改善してゆくため、カード保持者の意識調査を実施し、さらに医療機関側に対してはシステムについての改善要望、意識調査を行い、さらにカード使用状況を知るために医療機関に配置した機器にカード自体とカード内の情報項目ごとの使用回数、使用時間が自動的に記録されるようなソフトを組み込んだ。

1−3.試行開始後の運営状況

 1989年3月1日に試行を開始したが、対象者は2ケ所以上受診している者とし、516名を選定した。開始後3ケ月目の同年6月および11ケ月後の1990年2月の2回、カード保持者に対するアンケート調査を行い、さらに医療機関側の意見について、数回聞き取り調査を行った。
 その結果に基づいてシステムの改善を行い、1990年4月からは60才以上の町民に配布した、ついで1991年度は母子手帳の段階から新生児、乳幼児、学童期の各種検診、発育状況、小児科医療情報を管理する「すこやかカード」を開発し、1992年4月には、「健康カード」を55才以上の町民、「すこやかカード」は0才児から6才までの小児に配布し、町民の半数弱に当たる約4600名が何れかのカード・システムにより健康管理されることとなつた。

2.システムの内容

 基本的には医療・検診情報の管理システムと、診療支援システムとに分かれる。

2−1.健康カードについて
1)個人基本情報、救急情報の他、医療情報としては、既往歴、家族歴、診療記録、現病歴、検診結果(1回ごとのものと、検診項目と過去の検診成績を時系列に表示したものとがある)、投薬情報(1回ごとの処方内容)薬歴台帳、などが画面表示される。検診情報については、最近1年間の結果は全て入力され、遇去のものは検診履歴として、受診年月日と検診項目のみが時系列表示され、その成績は保健セン夕一のホストコンピユータに入力されている。
2)診療支援システム
 入力されている全ての検診成績を5項目、あるいは1項目づつ色別された折線グラフで表現する機能、慢性疾患の生活指導文書、処方箋、薬袋の発行、薬剤の投与量、および本人に対する投薬禁忌のチェックなど診療に役立つ機能を用意した。

2−2.すこやかカードについて

 健康カードが成人の情報管理システムであるのに対し、これは、誕生以後成人に至るまでの医療・検診・発育に関する情報の管理システムである。小児医療では慢性疾患は成人に比し多くはない。検査、投薬精報の管理に主眼をおいた。母子手帳的機能、新生児、乳幼児、学童期検診、発育の成長データ、歯科診療情報、「ぜんそく」についての情報、母子相談の情報、身長、体重、胸囲、頭囲などの成長グラフなどが管理されている。とくに保健婦活動に貢献し得ることが期待されている。

3.評価

3−1.カード所持者の意識調査で主な結果は、

1)暗証番号の必要性は80%前後の人々が認めているが、実際に記憶している人は第1回目では52%であったが、2回目の調査は45%に減少していた。
2)カード内の情報は医師を介してでないと知ることが出来ないが、1回目で46%、2回目で42%の人が直接知りたいと回答し、残り52%、56%の人々では現状で満足していた。
3)カードシステムの利点としてあげていることは、(最初の数字は第1回目、ここは2回目の回答率)
(イ)検査の重複が避けられる。(36.0%,38.4%)
(ロ)画面で説明して貰える。(25.2%,23.3%)
(ハ)持っていると安心する。(20.8%,19.2%)
(ニ)投薬の重複が避けられる。(10.8%,12.3%)
以上のようであった。
4)90%の人が購入すると回答し、価格については4000円〜5000円を妥当とする人が最も多かった。尚、カードの紛失、破損は殆ど発生していない。

3−2.医師が指摘するこのシステムの効果としては、

1)住民の意識の変化として自分の病態の維持についての関心が高まり、健康管理意識が向上して来た。
2)五色町でも以前は、町内の一次医療機関を重複して受診するいわゆる医療機関の「はしご」が多かったが、カードシステムが普及し始めてから減少し、「家庭医」的な在り方が定着してきた。
3)又、医師側からも重複投薬が防げること。検査結果の時系列的表示、グラフ化により患者に説明し易く、又理解が得やすい点を効果としてあげている。

3−3.県立淡路病院に「健康カード」を持参して受診した患者の診療状況調査を行ってみた。

 淡路病院では異なった診療科を受診しているものが最も多い。すなわち町内の医療機関では高血圧、糖尿病といった内科的疾患の診療を受けているが、県立淡路病院では眼科とか整形外科を受診しているといった在り方である。その際も淡路病院側ではカード内に記録された五色町内医療費関の検査成績、投薬内容などを出力し参考にしている。次いで、同し診療科を受診している場合もあるが、これは同一疾患に対するコンサルタント的診療を主治医が求めている場合で、やはり五色町の診療内容を出力し、参考にしている。患者自信の意志で同一疾患に関して重複受診していると思われるものは殆ど見いだされなかった。

3−4.カードおよび情報項目ごとの使用状況調査

 平成元年6月1日から平成2年5月31日までの1年間(1700名)と平成2年6月1日から平成2年11月30日までの6ケ月間(2500名)の使用状況について検討してみた。
 この検討結果をまとめてみるとカードの使用回数は各医療機関とも増加しているのは当然のこととして、検査結果、投薬情報の入力回数が激増している。
 又出力については検査成績の時系列的表示の使用頻度に次いで、グラフ化機能、薬歴台帳、現病歴、診療記録、既往症などの利用頻度が高い。

 又、前期と後期と比較すると入力時間については前期の平均が3分30秒、後期では2分36秒、出力時間は前期平均1分48秒、後期平均は45秒となり著名に短縮し、システムの技術的改善の成果が認められる。

4.まとめ

 「健康カード」「すこやかカード」の保有者は当初516名であったが現在では町民の半数に近い4600名にまで増加した。その間に地域医療に与えた影響として、住民の健康管理意識の向上、会話と信頼を伴う医療のあり方となり、重複検査、重複投薬の減少による医療の効率的運営の推進、一次医療の「家庭医」的在り方が自然に構成され、一次より、より高次の医療機関への流れといった医療の組織化、効率的運営が自然に形成されつつある。


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