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第4回日本医療用光カード研究会論文集、11-14、1993年

[特別講演(I)]

医療における携帯型カードシステムの現状と将来

三浦公嗣
厚生省健康政策局総務課医療技術開発室

1.はじめに

 平成4年6月に医療法が改正された。昭和23年に制定されて以来、医療の根幹を定め、全ての国民に対する医療サービスの提供等医療制度の発展に多大の寄与をしてきた同法であるが、以下に述べるような保健医療を取り巻く大きな流れに鑑み、新たな制度の導入を必要とされるようになってきたことが、法律改正の直接の理由になっていると考えて差しつかえない。

2.保健医療を取り巻く5つのメガトレンド

 それでは、医療制度の改革を求めるような原因としては何を考えるべきであろうか。
 以下に、保健医療を取り巻く大きな流れ、メガトレンドを5つ列挙する。

(1)高齢化社会の到来、若年人口の減少
 言うまでもなく、我が国が急速に高齢化している。その一方で、出生率の低下が見られることは、社会を支える人口が将来次第に減少することを示していることであり、保健医療サービスの提供という観点で見ても、介護需要の増大にもかかわらず介護者数が減少するなどの影響が生じることとなる。

(2)社会構造の変化、女性の社会進出、核家族化
 高齢者や女性の社会における役割が変化し、家庭を中心とする活動から、社会活動へ積極的に参加する姿が当然のものとして捉えられるようになってきた。それと同時に、家庭の構造にも変化が生じ、少子化と核家族化が顕著に進行することとなった。その結果、障害を持つ者の介護を行う人材の不足などが明らかになってきた。

(3)価値観の変化、多様化
 経済の発展と共に豊かな生活を希求する声がますます強くなり、集団から個を中心とした価値観への動きが特に若年層に見られるようになった。又、生活の質を重視する傾向が生じてきた。

(4)疾病構造の変化
 感染症などのいわゆる急性疾患から、成人病に代表される慢性疾患に疾病の主流が変化したため、求められる医療内容も変容してきた。

(5)医学・医療技術の進歩
 科学技術の進歩は医療技術に大きな変化をもたらした。多様な医療が行われることによって、そこで発生する医療情報も多様となり、量的にも激増した。

3.医療法改正の骨子

 今回の医療法改正の概略として、次の各点を挙げることができる。

(1)医療提供の理念規定
 医療の担い手に関する規定と、在宅医療を含めて医療が提供される範囲を定めた。

(2)施設機能の体系化
 特定機能病院と療養型病床群の制度を導入し、機能に応じた施設の体系化を推進することとした。

(3)病院、診療所等の業務委託に関する規定
 医師等の業務や患者の収容に著しい影響を与える業務を委託する場合の規定を定め、質の確保を図ることとした。

(4)医療法人の業務の追加
 エアロビクス、クアハウスを医療法人の業務として認めることとした。

(5)広告規制の緩和
 施設内、施設外における広告規制を一部緩和すると共に、利用者に必要な情報が提供されるように規定した。

(6)診療科名
 広告できる診療科名を政令で定めることとした。

4.健康政策の3つのゴール

 それでは、医療法改正等の諸施策の目指すものは何か。次の代表的な3点を列挙してみたい。

(1)良質な医療

(2)効率化・合理化された医療供給体制

(3)全体としての公平と公正

5.健康政策における7つのアクション・プログラム

 上記の当面の目標に到達する手段として、以下の7項目について適切な施策を実施すべきである。

(1)医療機関の体系化
 かかりつけ医、療養型病床群、特定機能病院等、医療機関の機能を明確化することが求められる。その上で、それらの施設の連携システムの定着が必要である。
 特にかかりつけ医については、患者が医療機関へアクセスする際のゲートキーパー、そして、他の医療機関へ紹介を取り持つコーディネーターの役割を持つものであり、その定着方策は重要である。

(2)療養・勤務環境の改善
 病院数、病床数等、医療供給体制は量的にはほぼ充足してきたといえよう。しかし、地域偏在等の問題があり、今後、その是正と質の向上が求められることとなる。
 我が国の経済規模に相応しい療養環境が必要である。また、人材確保という観点からは勤務環境の整備も必要である。
 世界に誇り得る医学・医療の水準、医療保障に比べて、療養環境、勤務環境の実態はあまりにもミスマッチといえよう。

(3)医業経営の安定化及び効率化
 国民に良質な医療を安定的かつ継続的に提供してゆくためには、医療機関の経営の健全化を図ることが必要である。
 我が国の医療の7割は民間が支えている。法人の業務の拡大、承継などの優遇措置などにより、医療法人の経営の安定化、健全化を図る必要がある。

(4)医療機能の客観化及び評価
 「質の良い医療を効率的かつ安定的に提供する」ことは医療政策の基本的課題と考えられる。
 医療機能、特に病院機能の向上、改善のためには、その前提として、病院機能の客観的許価が不可欠である。このための第三者評価方式を考える必要がある。

(5)医療の周辺の質の向上
 良質な患者サービスの確保のためには、民間活力を効果的に利用し、医療の周辺の質も向上させることが重要である。患者の生活の質も含めて考えることが必要と考えられる。

(6)情報の開示
 国民の医療に対する関心の高まりに対応して、医療機関の提供する医療内容の情報の開示の必要性が増大することが予想される。
 情報の開示は対患者のみならず、医師対医師においても重要であり、これが医療機関の連携を促進する重要な手だてとなるものと考えられる。

(7)マンパワーの確保
 医療は典型的な労働集約型産業であり、良質なマンパワーを十分な量確保することは医療政策の基本である。
 今後、若年人口の減少を考えれば、医療従事者の数を増やすことは困難であり、質の確保、業務の見直し、職種の再編成、地域偏在の是正、効率化等により、対応を考えるべきであろう。

6.医療情報の果たすべき役割

 医療で情報化を推進する意義として、以下の各項を挙げることができよう。情報システムの導入にあたっては、これらのうちのどれを狙ったものであるか明確にすることが重要であろう。

(1)高度化
 情報化によって、従来は実行不可能であった行為が可能になることが期待できる。
 例)最新医学情報が簡単に入手できるようになる。

(2)機能支援
 情報を利用することによって、目的達成度等を向上させることが期待できる。
 例)患者紹介や外来予約が即時にできるようになる。

(3)効率化
 情報化によって、投入する資源量が少なくとも、以前と同等に目的を達成することが期待できる。
 例)各種の届け出が簡単にできるようになる。

7.カードシステムの課題

 厚生省では昭和62年より兵庫県五色町において、また平成3年より同姫路市において、地域における健康カードの導入実験を実施してきた。ここで、カードシステムを社会システムとして定着させ、普及させていくためになお取り組むべき課題についてここに述べる。

(1)標準化
 広域での活用を図るためには、どの地域で発行されたカードであっても、システムの標準化等によって、他の地域の医療機関でも利用されるようにならなければならない。
 従って、互換性を優先してカードシステムの開発と普及がなされることが求められる。  又、国民の地域的流動性の一環として国際化への対応も求められよう。
 さらに、標準化のもう一つの効用として、市場への新規参入を促し、結果的に低価格化をもたらすことも思慮すべきである。

(2)利用分野の拡大
 地域医療の場において活用されるのみならず、医療保険制度での活用を図っていく必要があろう。
 又、地域保健との有機的な連携を促進していくことも求められる。その一例として生涯を通じた健康管理を効率的に行うため、母子保健、学校保健、職域保健、老人保健といった制度間を相互に結ぶシステム等への応用を検討すべきと考えられる。

(3)評価
 今後、カードシステムの普及を本格的に行うためには、カード導入による医療の質への影響等の医学的許価に加え、医療サービス提供の効率化等の経済的評価、さらに、社会がカードを用いた健康管理システムを受け入れるかどうかといった社会的評価を進めていく必要がある。

(4)経済的負担
 健康カードシステムの普及を図るためには、導入に関わる経費、運用に関わる経費について、誰が負担するかが重要な鍵となるものと考えられる。従って、この問題について国民のコンセンサスを得ることが肝要であろう。

みうら こうじ
三 浦 公 嗣

1983年3月 慶応義塾大学医学部卒業
1988年6月 米国ハーバード大学公衆衛生学大学院修士課程修了
1989年8月 米国ジョンズ・ホプキンス大学衛生学公衆衛生学大学院特別研究生

1991年7月 厚生省薬務局医療機器開発課課長補佐
1992年7月  同 健康政策局総務課医療技術開発室長


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