第4回日本医療用光カード研究会論文集、25-28、1993年 [一般演題4]
健診情報システムの高度化と健診業務の落差について
−システム普及に向けての問題点−
原 正一郎 大学共同利用機関 国文学研究資料館 研究情報部 情報処理室
1.序論
高齢者人口の増加や生活環境の高度化に伴い、人々の健康増進に対する関心が急速に高まりつつある。従来の疾病予防が疾病の早期発見による治療を主眼としていたのに対し、健康増進は個人への積極的な介入を通じて健康状態の維持や向上を目指している点に特徴がある。具体的には、検査データの時系列的解析や生活環境などの評価を通じて健康障害を示唆する変化を早期に検出し、適切な処置を施すことによって住民の健康状態を理想的な状態に維持することが目的となる。
ところで、健康診断は健常者の健康管理データを系統的に収集できる数少ない機会である。しかし、保健婦に代表される健康管理従事者の不足や、健康管理に関わるソフトウェア・ハードウェアが高価すぎたり機能が不十分であるといった理由から、せっかくの収集されたデータが健康増進活動に有効活用されていないケースがあまりにも多い。この隘路を解決する手段として、光カードをべ一スとした個人用健康データ管理システムを開発し、1987年から自治体における集団健診への導入を進めてきた。このシステムは当初の目的を達成したが、このような健康管理システムを普及させる上で解決しなければならない問題点も明らかになってきた。
本稿では、システムの構成・意義と利用経過について述べた後、上記の諸問題の提示と解決法について提案する。2.健康診断光カードシステム
健康診断光カードシステムは、光カードを中心として構築されたPHDC(Personal Health Data Card)用データ管理システムの総称であり、以下に示す5つのサブシステムから構成されている[1,2,3,4,5]。
- データ表示サブシステム:光カード内のデータをグラフィカルに表示するシステム。
- オンライン検査サブシステム:検体検査や所見等の健診データを現場で自動的に記録するシステム。
- 保健婦支援サブシステム:保健婦による訪問指導を支援するため、データ表示サブシステムをノートパソコンで利用できるようにしたシステム。
- 統計サブシステム:各種統計資料の作成用システム。
- データベースサブシステム:健診データのバックアップや光カードの発行等を行うシステム。
2.1 データ表示サブシステム
データ表示サブシステムは、光カード上に蓄積された健康管理情報を表示するシステムで、パーソナルコンピュータと光カード用リーダ/ライタから構成される。
現在登録されているデータ項目は、個人同定、生活習慣、所見、病歴、家族歴、体型、循環器、血清、尿に関するもので、老健法に準じた項目となっている(表1)。1レコードあたりの記録容量は、個人同定データとして1024バイト、心電図波形データ(圧縮率約15倍の不定長可逆圧縮法)として約5Kバイト、顔写真(150×200ピクセルのフルカラー画像データをJPEG方式で10倍に圧縮)として約10Kバイト、眼底写真(290×290ピクセルのフルカラー画像データをJPEG方式で10倍に圧縮)として約20Kバイト、検査データ・所見等の検査データとして1024バイトとなっている。
表1 光カード上のデータ項目 カード管理情報 テキスト・コード情報:フォーマットバージョン、作成年月日
ID、第二ID、氏名(漢字)、氏名(ヨミ)、性別、生年月日
血液型、住所、世帯主、続柄、電話番号、本籍、職業、産業
パスワード、データアクセス権限、保険証記号、保険証番号
保険者番号、組合名称、保険名(漢字)、本人・家族別
取得年月日、交付年月日、有効期限
バイナリ情報:顔写真
問診情報 テキスト・コード情報:生活習慣、所見、病歴、家族歴
体型 テキスト・コード情報:身長、体重、座高
循環器系 テキスト・コード情報:血圧、心音、心電図判定、眼底判定
バイナリ情報:心電図波形、眼底
血液検査 テキスト・コード情報:アミラーゼ、アルブミン、A/G比
総蛋白、TTT、ZTT、GOT、GPT、γ−GTP
ALP、LAP、総ビリルビン、直接ビリルビン
クレアチニン、LDH、BUN、Na、K、Ca、P、LDL
HDL、β−リポ蛋白、血清尿酸、総コレステロール
中性脂肪、血糖、血清鉄、RBC、Ht、WBC,Hb
CEA、TPA、MCV、MCH、MCHC、PLT
尿検査 テキスト・コード情報:pH、ケトン体、尿潜血、尿糖
ウロビリノーゲン
その他 テキスト・コード情報:診断結果
データ表示サブシステムの特徴を以下に示す。
- オフラインネットワークの構築:オフラインネットワークとは非オンライン的手法によるデータ転送を総称する。本システムでは光カードがデータ転送媒体となる。患者は自己の全健康管理情報を記録したカードを携帯しているので、保健医療機関では特別なネットワークシステムを必要とせずに患者の健康管理情報を参照したり更新することができる。オフラインネットワークは特別な通信設備や管理者を必要としないので、構築と維持管理が容易である点に特徴がある。
- 検査データの時系列表示:データを時間軸に沿って表示すると同時に、個人の健康特性の参考指標としてデータの変動幅(正規分布を仮定した平均値±3σの範囲)と変化の傾向(線形最小自乗による回帰直線)を提示する。これによって患者は自分の健康状態を視覚的に把握できるため、医師や保健婦の注意や指導に対する理解が深まるものと期待される。
2.2 オンライン検査サブシステム
本システムはオフラインネットワークを前提に構築されているため、データが発生した時点でカードに記録できないと、そのデータの一貫性を保証することは困難となる。実際、多くの健診現場では、採集した血液検体を検査会社に送り、その検査結果が返されるまでに1週間程度かかるので、各データ間の更新の同期が取れない。このためなどの問題があった。オンライン検査サブシステムは、このような問題を解決するために、検査データの収集から蓄積までを健診現場で自動的に行えるようにしたシステムである。本サブシステムは身長/体重計・血液分析装置・尿分析装置・血球分析装置・心電図装置およびパーソナルコンピュータから構成される。
- スタッフが充実している健診の時点で殆どの最新デー夕が利用できないので、適切な診断・指導ができない
- 不注意によるデータの記入ミス、あるいは誤字・癖字の誤読などによる転記ミスが発生し易い
- 溶血などの採血ミスにより検査データに不整合が生じても、そのことを現場では検知できないので検体の再採取ができない
身長/体重・血清・尿および血球の各分析装置から出力されたデータは、蓄積メモリ付きのマルチプレクサ(データリンク製MR12)に集線された後、非同期的にパーソナルコンピュータに送信される。データはASCIIコードのテキストであり、通信プロトコルはRS−232Cを物理層インターフェイスとした無手順調歩同期である。つまり上記2点を満たす計測装置であれば、本サブシステムに接続できる。これは各健診機関で既に利用している計測装置を本サブシステムに流用できる可能性を意味しており、本サブシステム普及の上で大きな要素である。ただし、開発の都合から現時点で利用可能な機種は、
身長/体重計:ヤガミ製PHS−HO
血液分析装置:京都第一化学製ミニオーションアナライザ
MA−4210
尿分析装置:京都第一化学製スポットケムSP−4410
血球分析装置:日本光電製MEK−5100シリーズ
のように限定されている。
心電図装置は、多量のデータを圧縮することによって通信と蓄積の効率を上げているために、高度な通信プロトコルを採用する傾向がある。本サブシステムの場合も同様であるため、心電図データはマルチプレクサを介さず直接パーソナルコンピュータに送信される。そのため、本サブシステムで利用可能な心電図装置は限定されている(日本光電製ECG−8000シリーズ)。
なお、本サブシステムでは自動血圧装置からのデータ入力ポートも用意しているが、本装置による計測値は正規のデータとして認められていないため、現時点では利用していない。
オンライン検査サブシステムの特徴を以下にまとめる。
- 健診の終了した時点でカード内のデータ更新とバックアップが行われる。これによってデータの一貫性維持が容易になる
- 本サブシステムからデータ表示サブシステムを利用できる。ここでは最新の計測データと光カード上の過去のデータを併せて表示する。これにより、計測データの時系列的な整合性の検査が可能となる。不正合なデータは必要に応じて再計測を行うことができる。
- 通信制御はバックグラウンド・プロセスとして実行されているので、分析装置からのデータ転送を気にせずに、問診等のデータをキーボードから入力できる。
- 本システムは、医師1名と1、2名の保健婦・看護婦で運用できるように設計されている。フィールド調査によると、被検者の入室から採血・問診等を経て医師の指導が終了するまでに15〜20分を要している。
2.3 保健婦支援システム
保健婦の重要な活動の1つに、健診後の訪問指導がある。患者が光カードを所持しているので、保健婦は光カード用リーダ/ライタを携帯して各戸を訪問し、カード上のデータを参考にしながら指導を行うことができるはずである。
しかしながら、光カード用リーダ/ライタには、という問題点がある。そこで、光カード上のデータから心電図波形・顔写真・眼底・個人データを除いた健診データ(1024KB/健診)を1人あたり数年分づつ抽出し、これを地域ごとにまとめたファイルをフロッピーディスク上に作成した。保健婦は訪問地区のフロッピーディスクをノートパソコンに入れて巡回する。
- 機械的な強度に不安がある
- 重くかさばるので携帯に適さない
保健婦支援サブシステムの特徴は以下の通りである。
- 必要な機材はノートパソコンだけである。
- データ表示サブシステムと殆ど同じ操作で利用できるので、特別な操作教育を必要としない。
2.4 統計サブシステム
統計についての要求は、本システムの普及に伴って増加の一途をたどっている。本サブシステムが提供あるいは提供を予定している統計量を以下に示す。
- 健康審査集計報告書などの市町村で必要な各種報告書。
- 検査データについての単純統計。
- 平均、分散、度数分布、クロス集計など
- 異常者検出リスト。
- 異常値を持つ被検者の一覧表
- 過去のデータの推移から、近い将来には異常値を示すことが予想される被検者の一覧
これらは、保健婦の訪問指導や次年度の健診で重点的にフォローする被検者の選定に利用される。- その他
- 検査データの地域別比較表など
2.5 データベースサブシステム
本サブシステムは、上記サブシステムの基礎となるデータのバックアップを行う。本サブシステムに登録されるデータ項目は、データベース管理用データを除けば、光カードに記録されている項目とほぼ同じである。本サブシステムは単純なファイルシステムとして開発されたが、データ項目の変更・データ量の増加・使用目的の多様化などに伴い、ネットワーク対応型DBMS(DataBase Management System)ヘの移行を行っている。3.システムの運用状況と問題点
光カードシステムの実験は1987年から開始されたが、本格的な導入は1989年の山梨県白州町からである。現在、同町を含めて茨城県河内村、鹿児島県大浦町の3町村で本システムが導入されている(表2)。以下では本システムが抱える問題点と我々の考え方を要約する。
表2 システム導入の経過 1987 白州町導入実験開始 1988 白州町健診(カード数=200) 1989 白州町健診(カード数=1100) 1990 白州町健診(カード数=1600) 1991 白州町健診(カード数=1600)
大浦町導入開始1992 河内村導入開始 白州町健診(カード数=2000)
大浦町健診(カード数=400)
河内村健診(カード数=400)1993 白州町健診(カード数=2000)
大浦町健診(カード数=400)
河内村健診(カード数=1000)3.1 光カード
カードの互換性はオフラインネットワークのデータメディアとして重要である。しかし、光カードの規格は現時点においても決定されていない。
一方、光カードが現在のフロッピーディスクのような規格化されたメディアになったとしても、例えば健康管理を目的としたシステムと臨床に重心を置いたシステムに共通のファイル構造を構築することは事実上不可能である。
このような理由から、健康管理データの互換性の確保は、メディア上におけるデータフォーマット等の規格化よりも、各システム間におけるデータの流通性に重心を置くべきであると考えられる。これについては次章で考察を加える。3.2 光カード用リーダ/ライタ
初期の光カード用リーダ/ライタには、
という問題があったが、これらはほぼ解消されたものと考えている。今後の課題としては、小型・軽量かつ丈夫で可搬型もしくはパーソナルコンピュータに組み込み可能な装置の開発を望んでいる。
- データのアクセス時間が長すぎる
- (主にカードの品質に起因する)I/Oエラーが生じやすい
3.3 検査装置
オンライン検査サブシステムは、小型分析装置が利用可能になったことにより、初めて実現できたといえる。システム開発の課題としては接続できる機種を増やすことが挙げられる。一方、装置メーカー側への要望としては、
ことが挙げられる。また、データ流通の視点から考えるとASTM(American Society for Testing and Materials)E1381およびE1394のような規格化されたメッセージ形式によるデータ転送が可能となることが望ましい。
- 同時に計測できる検査項目を増やす
- 計測時間を短縮する
ところで、オンライン検査サブシステムは光カード用リーダ/ライタが稀少であったときに設計された。マルチプレクサによる集線と疑似マルチタスクといった仕掛けは、1台の光カード用リーダ/ライタで全てのデータ管理を行うために必要なものであった。しかし、このために計測装置を並列的に利用することができなかった。つまり、一人の被験者が本システムで検査を行っているときに、空いている分析装置を別の被験者が利用することができないので、システムの処理効率は1時間に数名程度と非常に低いものであった。現在、光カード用リーダ/ライタやパーソナルコンピュータがかなり安価になったので、各分析装置にパーソナルコンピュータと光カード用リーダ/ライタを結合したインテリジェント分析装置を作成して、検査データ入力の分散化による検査の効率化を計画している。3.4 コンピュータ・システム
当初の目標が「低コストで構築の容易な健康管理システムの開発」であったため、本システムはパーソナルコンピュータを中心に構築された。当面の目標は達成したものの、今後想定される諸要求をすべて単体のパーソナルコンピュータで実現するには、メモリー容量、処理速度、プロセス管理方式などの面から限界に達した感がある。実際、データベースシステム、統計処理システム、検査システムなど、各処理に適したコンピュータ資源をネットワーク上に分散させたシステムヘの移行を考慮しなければならない時期に来ている。3.5 データの互換性
本システムは山梨県白州町を対象として初期の開発を行ってきたが、当町の健診は同一の検査会社が請け負ってきたため、データ互換性についての問題は殆ど生じなかった。しかし本システムが他の自治体に普及するにつれてデータの互換性維持が大きな問題となってきた。
一般に検査会社で採用している計測機器、検査法、採用単位などは会社ごとに異っているので、いわゆる正常範囲は千差万別である。また同じ検査会社においても、技術の進歩などに伴って検査法が変更されることもある。したがって、支社ごとに検査会社が異なるような企業や、健診のたびに検査会社を変えているような自治体では、データ互換性の維持が著しく困難になる。
これは、データベースの構築を複雑にするだけでなく、長期間のデータ変動を解析したり地域ごとのデータ比較などの疫学的調査を行う上では致命的である。この問題についても次章で詳しく考察する。3.6 調整
本システムの目標の1つは、「本システムがあるところでは、均一のサービスが提供される」ようにすることであった。これはシステムの普及のみならず、システムの運営、管理および拡張を行う上での要件である。
本システムを導入している8町村は「健康診断光カードシステム研究協議会」を組織し、システムが3町村で共通に運用できるように、健診項目、健診票フォーマットなどの調整を行っている。3.7 プライバシーの保護
光カードシステムでは光カード用リーダ/ライタと専用のデバイス・ドライバが必要であるため、ユーザレベルから光カード上のデータヘのアクセスはフロッピーディスク上のデータヘのアクセスほど公開された環境下にはない。また、我々のシステムは閉鎖された環境下で利用されていたので、データが外部に漏出する恐れは少なく、特別なセキュリティーは必要なかった。
しかしシステムの普及に伴い、現在はアクセスカードによる制御を導入している。ここでは、ように設計されている。
- システムの操作者に対して専用のカード(アクセスカード:Aカード)を発行し、パスワードによって操作者の正当性が確認されない限りシステムが作動しないようになっている
- 一般カード(患者カード:Pカード)にはシステム起動権限が与えられていないので、操作者以外の者がシステムを起動させることはできない
なお、患者カードの所持者を確認する方法としては顔写真を利用している。パスワードの利用も考慮したが、他の実験フィールドにおける経験談などから、本システムのように高齢者人口の多い地域で導入されている場合、パスワードの利用は困難であると考えて、採用しなかった。当面はこのアクセス制御で充分であると考えているが、将来的に臨床情報などが追加された場合は、データ項目ごとのきめ細かいアクセス制御や、パスワードなどによるカード所持者の正当性検査を実施することになろう。4.問題の解決へ向けて
前章で述べた問題点のなかで、我々が重視しているものはデータの共有と流通である。これは、データの記述を如何にして標準化するかという問題である。本章では、この点に絞って考察を進める。4.1 検査データの標準化
検査データの互換性という問題を解決するため、本システムでは標準偏差指数(SDI:Standard Deviation Index)に準拠した指数を利用している。SDIは正規分布における標準偏差を基準にして各定量データを標準化したもので、基本的には平均値を0、±σを±1というように指数化する。これにより、なお、本システムでは平均値を100、±σを10として指数化した。これは、
- 単位系や検査法の相違によるデータ互換性の欠如をかなりの程度カバーできる
- 正常範囲が同一数値となるので、正常値を項目ごとに記憶する必要がなくなり、多項目検査データの判定が容易になる。また、データの図形処理が容易となるメリットもある
- 長期変動の観察、地域間の比較など多面的なデータの評価が可能となる
- 診断精度を評価する基準として利用できる
ためである。また、本システムでは検査データのSDI化において、以下のような措置をとった。
- 指数が正負に変動しない
- 有効数字を3桁とした場合に小数点を持たないため計算コストを節約できる、
最初の措置は検査データの互換性というSDI化の本来の目的とは矛盾するうえ、統計処理結果の有効性にも支障をきたすので、早急に修正する予定である。しかし、本システムにおけるSDIの算出は正規分布を前提としているので、これを少なくとも正規、対数正規に分類しなおす必要がある。
- 検査会社ごとに正常範囲の下限が80、上限が120となるように指標化した。もし一律に「平均値±2σ」を異常判定の境界値に設定すると、同一の検査値に対する診断結果がSDI化の前後で矛盾する場合が多くなる。この措置はSDI化に伴う診断のユラギによって健診現場や患者が混乱するのを軽減するためのものである。
- 光カードに保存されているのはSDI化された数値ではなく、各検査会社の検査値をSDIを媒介にして特定の検査会社の検査値に変換したものである。
2番目の措置は慣用値とSDIを同時に表示するための便法である。本来、SDIの算出根拠となる各統計パラメータは一定期間ごとにあるいは検査条件等が変更された時点で再計算する必要がある。したがって本システムのように、光カード上にSDI算出のためのパラメータが記録されていないと、統計パラメータが変更されるごとに表示プログラム中の関連パラメータを修正しなければならなくなり、システムの管理が面倒になる。そこで、検査データのフィールド構成を 「データ、分布、平均、分散、単位、方法、下限、上限」のように拡張することを検討している。4.2 定性的データの標準化
ここで定性的データとは、所見・病歴・診断などの非数値的データを指している。
本システムで正規のコード化を行っているのは、心電図判定と眼底判定である。
病歴・診断ではコード化は行わず、各データ項目はレコード上の特定のフィールドに割り当てられ、値として独自のコードで示される「程度の軽重」が代入されている。これは本システムが集団健診用で、問診票に登録されている項目数が限定されていたためである。しかし、健診地域あるいは病院情報システムとのデータ互換性を考慮して病歴と診断名にはICD(International Classification of Diseases)コードの採用を検討している。
ところで、健康管理用データとして必要な病名の選定を医師に依頼すると、各医師の専門領域に偏ったり、初発・再発・治療法・投薬などの属性情報が肥大化するなど、バランスを欠いたものとなりがちである。健康管理サイドと臨床サイドの連携は重要であるが、本システムは病院情報システムではないので、対象とする領域と精度についての検討を充分に行う必要がある。
所見も病歴と同様にコード化は行っていない。所見項目の選択についても、その選定を医師に依頼すると拡散する傾向にある。また、所見は病名と対になるものなので、所見項目の選定は病名の選定と平行して行う必要があるが、どのようなコード化を行うべきかは未定である。
薬歴情報は現時点では入力されていないが、これについては入力を行う方向で検討を行っている。4.3 データ転送の標準化
一般にデータ共有のための標準化というと、ファイル構造・データ項目・データ属性などの標準化を図ることである。これは最終的にデータベースの標準化へと繁がってゆくので現実的ではない。実際、いわゆる標準化には次のような欠点があると考えられる。ところで、健康管理データの効率的な利用の面からみると、
- 健康管理情報システムは本質的に非均質的(Heterogenety〉なものである。例えば、薬局のコンピュータには薬歴情報、ラボのコンピュータには臨床検査情報、レセプトコンピュータには処方と診断情報がそれぞれ蓄積されているが、これらのデータ構造や属性は全て異なっている。
- 過度の規格化は、発展の原動力となりうる多様性を犠牲にしてしまう。
- 規格化には時間がかかるため、ハードウェアやソフトウェアベンダーは可般性(Portability)のあるシステムを構築することができず、ローカルマーケットに依存した製品を供給せざるを得なくなる。これは翻って、高価でライフサイクルが短く互換性のない製品となってしまう。
という問題点がある。一方、技術的な面からみると
- 個人の健康管理データは多くのコンピュータ上に分散登録されている
- 効果的な健康管理データを構築するためには全てのデータソースからデータを収集する必要がある
- 有効な政策決定を行うには、多数のデータを集めて情報に変換しなくてはならない
という指摘ができる。したがって、システム間におけるデータの共有を実現するには、ファイル構造・データ項目・データ属性・データベースビューなどの標準化を図るより、システム間のデータ転送のための標準インターフェイスを規定した方が現実的であることがわかる。
- データの大部分は各コンピュータ内に蓄積され、それらのデータを転送する技術が確立されているにも関わらず、効率的にデータ交換を行う手段を持ち合わせていない
- 最大の障害は、各コンピュータシステムが大規模なプログラム開発を必要とせずに、受け取りと解釈ができるデータ構成法や記述法についての広範囲の合意がないことである
このようなシステム間のデータ転送の規格化に関する動きは、わが国においては医用画像用のISACの規格化を除くと極めて静かである。一方、アメリカでは検査データの転送に関するASTM1238、病院内依頼・医事会計データなどの転送に関するHL7(Health Level 7)、ヨーロッパではCEN(Comite Europe en de Normalisation)のTC251(Technical Comittee 251)における医療情報の標準化あるいはEUCLIDES Foundation International による規格などがある[6]。
物流の世界では企業間の商取引に関連したデータの電子的交換(EDI:Electronic Data Interchange)を行うための標準化が進み、これはUN/EDIFACT(United Nations / Electronic Data Interchange For Administration. Commerce and Transport)として確立されている[7]。ここでは同業種・異業種の会社間で様々な商取引が行われ、その際には膨大な量の情報(伝票類、申請書類など)が交換される。これらの情報は会社・業種などによって異なり、しかも各会社内におけるデータ管理法は独自のものである。このような状況は健康管理の世界でも同様であり、実際に上記のCEN TC251やEUCLIDはUN/EDIFACTの延長上に位置している。
我々もこのような動向を考慮して、健康管理における情報モデルを構築する準備にとりかかっている。参考文献
- [1]
- 原正一郎他、「光カードの集団健診への応用」、第8回医療情報学連合大会論文集、895-898、1988.
- [2]
- Shoichiro HARA. et al., "An Application of Optical Cards to Mass Health Examination", Proc. 6th Conf. on Med.Infor., 1164-1168, 1989.
- [3]
- Shoichiro HARA, "ADVANTAGES OF OPTICAL CARDS IN HEALTH CARE", Proc. Ann. Int. Conf.IEEE Eng. in Med. and Biol. Soc., Vol.13, No.3, 1389-1390, 1991.
- [4]
- 原 正一郎他、「ノートパソコンによる保健婦巡回健康指導システム」、第6回看護情報システム研究会講演集、80-85、1990.
- [5]
- 小沢 洋子、原 正一郎他、「可搬型データメディアによる保健婦巡回健康指導システムの開発」、第49回日本公衆衛生学会総会抄録集III、35、1990.
- [6]
- Georges J. E. De Moor Clement J. McDonald and Jaap Noothoven van Goor Ed. : Progress in Standardization in Health Care Informatics, IOS Press, 1993.
- [7]
- 北澤 博:EDI入門、ソフト・リサーチ・センター、