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第5回日本光カード医学会論文集、11-12、1994年

[特別講演(I)]

医療における携帯型カードシステムの現状と将来

椎名晋一
国民健康情報研究所

はじめに

 個人の医療情報をカードの中に記録して、それを患者が携帯し、診療時に提示してその中のデータを医師あるいは医療従事者が診療に利用することが考えられている。最近、厚生省は「保健医療カードシステムに関するガイドライン」を発表した。このシステムは患者の病歴管理のみならず薬歴管理などにも役立つものであり、将来の保健医療情報体制の確立に寄与するものと考えられる。このような背景の下にカードシステムの現状と将来を展望してみたい。

1.カードシステムとは

 カードは大別して磁気カード、ICカード、光カードに分けられる。  磁気カードはプラスチクに磁気ストライプを張り付けたものである。記憶容量が僅か0.5キロビット程度であるため医療情報の記録には全く容量不足で、通常、病院の診察券に細いストライプをつけてその病院での患者登録番号、氏名、生年目日、性別、住所の認識程度に利用されるに過ぎない。
 IC力一ドは記憶容量が8キロバイト程度で、文字数でいうと8,000文字の記録しか出来ないので、ごく限られたデータを記憶させておくことが出来る。
 それに比して光カードは4メガバイトとICカードの500倍と極めて大容量で医療用の記憶媒体として容量的には大きな期待が持てる。

2.磁気カード

 医療部門においての磁気カードは上述のように記憶容量が小さく、JlS規格では0.5キロビット、すなわち72文字、ISO規格では1.2キロビット、すなわち172文字と小さいので、診療情報を記録する事は出来ないので、その方面の研究はない。しかし、昭和60年からユニオンクレジット、日本ダイナース、大信販の3カード会社がクレジットカードによる病院での支払いに乗り出している。

3.ICカード

 ICカードはわが国では昭和59年から東京女子医科大学の横山が健康カードとして健康診断情報を記録することを試みた。このカードは2キロバイトのもので、その中には氏名、住所、電話番号、生年月日、職業、身長、体重、視力、血圧、アレルギー症状の有無など20数項目の健康管埋データが記録できるものである。当時、このカードは1枚1万5,000円であった。  平成元年から淡路島の五色町で診療カードとして健康カードの名の下に実験を開始した。すなわち、県立淡路島病院を基幹とし、島内2個所の診療所と3開業医で共通に利用できるシステムで、厚生省の助成とNTTデータの協力でシステムが開発された。平成4年から同様の試みが姫路市で行われているが、その成果はまだ明らかでない。この段階でのICカードは1枚5,000円〜10,000円といわれている。
 一方、医療と福祉をつないだシステムとしては岩手県沢内村と島根県出雲市のものがあるが、医療情報システムとしては十分とはいえない。
 一方、1985年からアメリカのスマートカード・インターナショナル社はICカードをスマートカードとしてアメリカおよびフランスで医療など多方面での使用実験に着手した。

4.光カード

 光カードはアメリカのドレクスラー(DREXLER)社が1977年開発し、DREXON LASER CARDとしてライセンスを所有している。早くは昭和60年(1985)キャノンはアメリカの生命保険会社のブルークロス(Blue Cross)・ブルーシールド(Blue Shield)・オブ・メリーランド社にリーダー・ライターの独占供給を開始した。この医療用光カードはライフ・カード(Life Card)と呼ばれ、6万台のリーダー・ライターを供給するとの報道のもとに華々しく登場したが、実用化するに至らず撤退した。
 昭和60年から東京医科歯科大学で光カードの医療情報フォーマットの研究を開始し、翌昭和61年の第6回医療情報学連合大会で糖尿病のフォーマットを発表した1)。その後、継続的に研究をすすめている2)3)
 次いで、昭和61年から東海大学医学部附属伊勢原病院の健診センターで実験を開始した。
 昭和63年から山梨県白州町で健康管理に「健康診断光カードシステム」を設けた。 また、岡山の倉敷中央病院では外来受付や予約に磁気カードを、健康診断のデータなどは光カードに入力する利用実験を2年間行なったが、実用化にむけての開発を期待して実験を平成2年に中止した。
 平成元年から北海道上川郡清水町で住民健康管理システムの実験を開始した。特殊な利用として香川医科大学の原は周産期管理に母子手帳の内容を光カードに記録することを試みている。その他、わが国では埼玉県大宮市のナトメック七里病院が松下電器産業と光カードヘの画像記録の実験を行なっている。また、横浜市の医療法人善仁会が透析クリニックでのシステムの実験を行なっている。  一方、海外ではリーダーライターがすべて日本製であることから、おのずと研究者が少なく、米国においても研究、実験はわが国に比し5年以上遅れている。
 1988年から米国テキサス州ヒューストンのベーラ医科大学の関連診療所で患者の診療録管理システムが実験されている4)。1991年米国ニユーヨークのアルバニー情報システムセンターが全米の退役軍人病院で使用できる医療用光カード・システムの開発に着手した。また、1989年からイギリスのウエスト・ロンドン病院において周産期管理の実験を行っている。一方、ヨーロッパにおいては経済面での欧州共同体の構想からブリティッシュ・テレコム(イギリス)、オリベティ(イタリー)などの企業が集まり、「デラグループ(DELA)」と呼ばれるグループを作って、互換性を目指したカードのフォーマットの標準化を進めており、日本からも数社が参加し、作業が完了し、DELA規格が公表され、広く利用されている。

5.ICカードと光カードの比較

 上記のように現在、カードシステムを利用する場合にICカードを利用する場合と光カードを利用する場合とがある。両者を比較するとそれぞれ優劣がある。しかし、ICカードはなんらかの外力が加えられると断線し入力したデータが消滅してしまうという致命的欠点がある。一方、ICカードには計算機能があるなど優れた点もあるので、ICカ一ドと光カードのハイブリッド方式が今後注目されよう。

6.カードシステムの課題とその対策

 医療情報のカード化に際して最も関心をもたれるのが、プライバシーの確保であろう。その対策としては (1)カードの内容で見ることの出来る部分を職種によるレベル分けして差をつける、 (2)内容によって鍵をかけるなどの方法がとられる。(1)については暗証番号を使用して、それをレベル分けをする方式である。また、(2)については特殊の項目については患者のIDを入力しないと内容をみることができないようにする方式である。プライバシーの問題はあまり厳密にすると本人が意識不明の場合のように最も利用価値の高いときに役に立たない事態が起こり、メリットが失われることになる。
 プライバシーと関係し、むしろそれ以上に重要な課題はデータ改竄の問題である。磁気カードやICカードの医療応用においての一番の泣き所はデータの改竄が可能であるという点である。カードシステムがカルテとは異なるとはいえ、カルテの内容の一部が記録されることは確かで、それが改竄されてよいという論拠はない筈である。その点、光カードは追記式であるので、書き直したデータは何時、誰が行ったかを明示することができるので、改竄の余地がないという優れたメディアであるといえる。

7.カードシステムの発展のための努力

 わが国における今後のカードシステムの発展については具体的な数字を挙げて述べることは難しい。このシステムの発展には行政、医師会が一緒に取り組まなければならない。各医療機関は診療報酬上の配慮が行われてはじめて動き出すというのが実状であろう。従って、実地診療での応用に先立って健診での応用が検討されている。
 諸外国でも導入の動きはあるが、やはり診療報酬と入力の手間がネックになっているようである。しかし、中華民国(台北)や韓国のように国民健康保険の導入とからめてカードシステムの導入を検討しているところもあるので、案外国外での導入が早いのではないかとも思う。

文献

1)中山弘、山県文夫、阿部安宏、金子旬一、椎名晋一、河津捷二、可知賢次郎:パーソナル・メモリー・カードによる患者の個人データ管理システム.第6回医療情報学連合大会論文集.513-516, 1986.
2)西堀眞弘、椎名晋一:光カードを用いた医療情報管理システム.第7回医療情報学連合大会論文集.597-600, 1987.
3)Shiina, S., Nishibori, M.,: Problems and Solutions in the Clinical Application of Laser Card. Proceedings of the 12th annual symposium on computer applications in Medical Care, 600-601, 1988.
4)Brown, J.H.U., Vallbona, C.: A new patient record system using the laser card. Proceedings of the 12th annual symposium on computer applications in Medical Care, 602-605, 1988.


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