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第5回日本光カード医学会論文集、15-16、1994年

[教育講演]

標準化とデータの共有化

菅野剛史
浜松医科大学・臨床検査医学

 臨床検査の標準化は2つの視点から行われている。それは、それぞれの測定項目においてリファレンスシステムを確立する視点と、外部精度アセスメントを中心とした施設間格差の調査と改善の視点である。ここでは、これらの2つの視点を中心に標準化の現状を述べ、検査データの共有化の可能性を追求してみたい。

1.臨床検査領域における標準化と至適化
1)標準化
標準化とは画一的な検査データを得ることではない。それは検査データのTransferabilityを確保することであり、これが標準化の基本である。
 Transferability(伝達牲)の内容として、
 Transferability in time
  −−臨床的評価を含めて計測値が正しくいつでも引き継がれること。
 Transferability in space
  −−施設間の計測値が共通の基盤で評価可能なこと、同一の値なら望ましい。
   施設間格差の解消でもある。
 Transferability in accuracy
  −−分析法の持つ正確性を伝達すること
2)至適化
 至適化とは、正確性、精密性を容易に得られる条件を確立することである。一般に精密性についての検討は容易であるが、正確性の問題は、以下に述べるリファレンスシステムを確立していないと不可能である。

2.リファレンスシステム
 リファレンスシステムの確立には、測定法の水準の定義とその計測値のTransferability(伝達性)とTraceability(遡行性)が問題となる。

a)測定される物質が、秤量可能な物質で、絶対基準法が確立されている場合
 以下のような伝達性(上から下への)と遡行性(下から上への)の関係が測定法の水準の間で成立する。

 このようなリファレンスシステムが確立される項目は電解質、総コレステロールなどがあり、日常の分析法はSelected Methodに位置づけられる必要がある。
 従来法との相関はTransferabilityの指標とはなっていないこと、実用基準法が設定されていない場合の対応をどの様にするかが課題である。
 このリファレンスシステムでは、その測定値の伝達には標準物質が利用される。
 第一次標準試料−−Defenitive Methodでの値付けのされた試料
 第二次標準試料−−Reference Methodでの値付けのされた試料
 ここで、Reference Material(標準試料)とは、下位の測定系を正しく位置づけるための試料であり較正物質とは異なる点を考慮する必要がある。

b)酵素活性測定のような絶対基準法が設定できない例
 このような項目では、勧告法の設定とその方法の技術水準の確立とその技術水準での正確性の伝達が重要となる。
 勧告法は至適化を完成させた方法である。このような事例では、リファレンスシステムは以下のように定義される。

 勧告法の設定がなされるが、勧告法に対して、常用勧告法とコンセンサス法を、次の水準の測定法として位置づけることも出来る。
 この関係は、JSCC勧告法(温度は30℃)とJSCC常用勧告法(温度を37℃とした)の間の関係である。
 日常分析では、JSCC常用勧告法を勧告法と位置づけて作業を開始するしかない。
 また、勧告法準拠試薬の位置づけは、現在の定義では勧告法と試薬最終濃度が一致する試薬としている。ここでは、試料/試薬比は問わない。日常分析では、勧告法準拠試薬での自動分析装置での分析方法がSelected Methodに相当する。
 例として、酵素活性測定でのAST、ALT,ALPなどが該当する。現実には酵素活性でも、標準物質での正確性の伝達が望まれる。認証標準試料の作成が急がれる。
 酵素活性測定における標準化のアプローチは、勧告法を正確に実施する条件が整っている機器、試薬で分析することであり、

  1. 勧告法に準拠する測定法での測定 装置の点検法の日常化(ガイドラインあり) 温度管理
  2. 準拠試薬を活用すること
  3. 勧告法で測定された値づけのされた標準物質を用いて測定法の正確性の確認をすること
    (認証標準試料でなく普及版としてメーカが値づけをした試料でよい)ただし、認証標準試料でTransferabilityが確認された測定法を用いていることが前提である。

c)血漿蛋白のような例はどの様に扱われるか
 標物質の規定とその値の伝達がもっとも具体的なリファレンスシステムである。

 値付けされた標準物質は、今日考えられるあらゆる測定法に対応しており、従来利用されていたReference Materialによる認証標準試料への値付けを行った認証標準試料を設定することが前提となる。
 この場合血漿蛋白の特性を十分に理解した上で標準試料は値付けがなされている。その血漿蛋白の特性とは、

  1. 単一の蛋白溶液として存在しない
     血漿中に存在する
  2. 特定できないマトリックスに含まれる
     マトリックスは病態などで均一ではない
  3. 糖鎖構造などで多様性を示す
     糖鎖構造の変化、重合などの差異で多様性を示している
  4. 遺伝的多形質を含む
     ハプトグロビンが代表である
     その他、均一の蛋白でない蛋白成分が多数に存在する
 したがって、血漿蛋白定量についての留意点として
  1. 1Stepでの化学的定量法は適用できない
  2. 分離分析などの分離手段が必要
    分離精製した後では定量は化学的に可能となる
  3. 選択的測定法として免疫学的測定法の適用
 これらの特性を理解しておく必要がある。
 したがって、血漿蛋白での標準化へのアプローチは以下のように考えられる。
  1. 標準物質の設定と、計測値の伝達
  2. 標準物質への値付け
     多施設間での計測と値付け
     一時標準物質に相当するものは存在するのか?
 今日、IFCC/WHOの標準物質として、CRM470などが利用可能となっており、この認証値を伝達することが可能となっている。また、JCCLSでもこの標品承認する予定である。

3.外部精度アセスメント
 External Quality Assessment Scheme(EQAS)と呼ばれるようになった。施設間の、バラツキを軽減する精度管理であり、施設間の共同作業が重要である。参加する施設数により利用の目的も異なる。

a)大規模精度管理
 外部精度アセスメント方式において、施設の評価が可能かどうかが課題とされる。今日では
 支払いにまで関与するアセスメント方式
  −−ドイツ、アメリカで試みられている。
 施設の評価し、自己改善を期待する方式
  −−日本など大部分がこの方式である。
 この他に大規模な精度管理調査からは、分析法の現状、分析法の経時的な傾向、施設間格差の現状、自施設の位置づけが評価出来るので、施設の評価ならびに自己点検に有用なことは自明である。

b)小規模精度管理の活用
 同じような外部精度アセスメントであるが、分析法の誤差要因の発見対応など、具体的な誤差因に対する対応が、参加施設全体で対応できるなどの利点がある。系統誤差の要因など容易に対応可能である。Commutabilityの保証などの具体的な対応も可能であり、大規模調査と連携した対応が重要となる。

c)目的が明確にされた精度管理のあり方
 精度管理調査の中の外部精度アセスメントの目的が、施設間格差の解消であり、標準化のステップを踏んでその目的の達成が明らかにされると、外部精度アセスメントの最終目的は、以下のように考えられる。

  1. 検査データの共有できた施設の間で、基準範囲を共有する
  2. この基準範囲作成のための共同作業には外部精度管埋は必須である。
  3. 共有できる基準範囲を設定できた時点で、検査の新たな臨床的有用性を追求可能である。

4.臨床検査のデータの共有化
 臨床検査の項目によって、標準化のアプローチが異なっていた。しかし、標準化を可能とする技術的背景は整備されつつある。リファレンスシステムが明確にされ、勧告法が提示され、整備され、同時に認証標準試料が提供され、継承した標準試料が利用可能になるという現実が整備されつつある。検査室ごとに、分析装置が変わると、分析値が異なるとか、これまで問題であったことも、測定値の伝達性を考慮した手順が定められ、測定値の継承が可能になっている。定められた手順を守ることにより、臨床検査の測定値を共有する背景が完全に確立されつつあるのである。その手順は

  1. 測定の対象となる被測定物を明確にする。
  2. 測定項目ごとに、確立されたリファレンスシステムにのっとり、正確性を正しく伝達する作業を行うこと。
  3. 正確性の伝達が正しくなされていることを、精度管理調査などで確認する。
  4. 正確性の伝達の状態を定期的に確認する。
 この4点が、日常検査の中に組み入れられることによって、今日まで問題とされた施設間格差の問題が解消していくことになる。
 情報媒体を共用化し、個人の病歴を個人の管理の下におく作業は、この学会を始め、医療情報関連の学会で大きな課題であった。共通表示という課題も生まれたりした。しかし、臨床検査領域での技術的課題への取り組みは、標準化、施設間格差の解消、さらに基準範囲を共有化するなど、臨床検査のデータを共有化できる可能性まで到達することが出来た。
 改めて医療情報としての検査情報の活用が、共通の媒体で可能となる現実が目前に見え始めている。これまでの検査領域での常識が、測定装置の進歩、測定試薬の進歩で打ち破られてきた。定められた手順を確実に実行することにより、正確性の伝達が可能となった。この現実を踏まえて、日常の臨床に真に貢献する環境の整備が可能となったのである。
 ここで取り上げた、標準化の現実が、検査データの共有化の可能性が、さらに基準範囲を共有化が、電子情報媒体を活用することにより、更に発展し、有効なものとなっていくことを期待したい。

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