第6回日本光カード医学会論文集、13-14、1995年 [教育講演]
究極の自動化を求めて
上杉四郎 前秋田大学医学部臨床検査医学教室
1.プロローグ
なぜ自動化なのか?,平成6年度日本医師会臨床検査制度管理調査報告によれば1),昭和63年度から生化学自動分析機導入は200%を越えている。99床以下の小病院でも導入率は100%に近い。これは検査検体の増加に対応するためのものであることは明らかであるが,1955年頃よりの病院検査部門の中央化が大きなプロモーターになっていたことも見逃すわげには行かない。中央化すれば検体処理はバッチ化する。このため検体処理は自動分析機器導入によるバッチ処理へと進むことになる。
1954年にはDR.Skeggのオートアナライザーが市販され自動分析時代の幕開けとなった。各施設は検体処理の大小によってそれぞれの検査室は比色測光の自動化から測定の自動化へ,分析の自動化ヘ,そして検体サンプリングからの自動化へと発展した。その後,臨床病理学の発展と共に検査情報が増加し多様化すると検体当たりの検査項目数は増加し検査業務の拡大へとリンクした。このように単なる検体数の増加から検査業務量としての増加になると各施設はより効率化,省力化を求めて検査業務の電算化,自動分析機器の導入拡大,更にシステム化へと進めていった。
スイッチボタンーつを押すと機器システムのすべてが作動し検体サンプリングから分析結果報告まで自動化した検査の無人化システムは究極の省力化システムであるが,無人化なるが故に検査工程に用手を介ぜず人為的ミスを極力回避し.また検体に触れることがないタッチレス方式は感染症防止の策としては有用である。秋田大学付属病院中央検査部では昭和48年度導入のテクニコンSMA12/60の更新に当り血清の自動遠心分離を包括した日立検体前処理装置CSDと日立生化学自動分析装置726とのコンビネーション・システムを昭和56年度に導入した。このシステムは検体を用手で遠心機内にセットしスタートボタンを押せば2回の遠心分離を行った後日立726自動分析装置用のサンプルチェインに自動分注するもので,このサンプルチェインを726自動分析装置のサンプル・ステイジに用手で連結して分析を実行させる。このシステムは血清の自動遠心分離からサンプルカップヘの自動分注まで行うが,しかし分析ラインへのセットは人の用手を介した。もし,そこに介在する人手が無いと検査は進まないのである。
昭和61年頃より日立検体前処理装置CSDと日立生化学自動分析装置726とのコンビネーション・システムの機器更新時期をターゲットに『真の検査の自動化とは何か』と自問自答しながら検査工程の律速因子は何処か?検査工程の時間研究2).3)を行った。その結果,検査工程総所要時間の45%は血清分離の為の遠心工程と分注工程にまつわる事が明らかになった。この前処理工程こそ検査工程の律速因子ではないかと考えたい。
現在,検査検体の増加に対しては各検査施設とも種々の規模の自動化,システム化で対応する事は今や定式化してきたが,検査の自動化を考える時,何処を何処まで自動化するかが重要である。秋田大学検査部では昭和60年来,このような律速因子の自動化をシステム構築の基本理念として秋田大学方式の種々の自動化検査システム(総合臨床化学検査自動化システム,灰分析自動化システム,総合免疫・血清検査自動化システム4),5),6))が日立製作所,京都第一科学,三共製薬,堀場製作所らとの共同開発によって構築し稼働中である。
これらの自動化システムは何れもバーコードリーダ一で検体照合した後,スタートヤードに検体をセットしてスタートボタンを押せば,自動的に検体が搬送され,遠心・分注・測定工程を経て検査結果が出力されるもので全く用手を介さない。所謂.無人化検査システムで,世界でも初めて試みであった。
2.Logic Assisted Laboratoryの構築
秋田大学検査部では総合臨床化学検査自動化システムを完成後,次期の灰分析自動化システムの構築に当たっては「考える尿検査」をテーマに構想を練り,全く新しいタイプの灰分析自動化システムが日立グループ,京都第一科学と秋田大学との共同開発によって平成2年度に構築された。この灰分析自動化システムとは定性試験としての試験紙法と定量分析としての試験管法を搬送ラインでロジカルにドッキングしたもので,試験紙法での測定情報に従って自動的に分析方法を変えて再検するというユニークな機能を有す。此処で云う再検とは,最近の自動分析機器に付加されてきた測定レンジの自動切り替えによる再検とは本質的に異なるものである。また,この灰分析自動化システムの再検機能を普遍化すると,「考える検査」機能であると同時に「病態解析検査」機能でもある。これは「Logic Assisted Laboratory Practice(LALP)」ヘの序走ともなった。
平成4年度には全く新しい機能を持った総合免疫・血清検査自動化システムが秋田大学・日立製作所・三共製薬・堀場製作所・協和メディックスとの共同開発によって構築され稼働を開始した。この自動化システムは,先ず,採血管のバーコードをリーダーで読んで採血検体の照合を行い採血管をラックにセットする。これらのラックを検体投入口にセットしスタートさせると.自動開栓した後,血清の遠心分離を行い,次いで接続分析機器のためのオンライン分注,更に新検体分注が行われる。新検体はオフライン分注を行った後,バーコートラベルを再発行し,新検体に自動貼付し,検体2次ステーションに受付順に収納される。さらに,検体2次ステーションは再び検体投入口搬送ラインとロジカルにドッキングすると云うエンドレス搬送構造を構成し,制御システムに組み込まれたロジックにより自動的に再検ならびに追加検査を,血清の残存している限りエンドレスに行うものである。このシステムのもう一つの特徴は被測定物質に応じて,比色法,UV法,比濁法,ラッテクス法,化学発光法と広く分析方法を選択可能にしている事である。これは限りなく究極に近い自動化検査システムで,正に「Logic assisted laboratory Practice(LALP)」の為の検査システムでもある。
3.LALPシステムと検査ロジック6)
LALPの運用中枢は検査ロジックである。この組み方の如何によってはLALPの運用効率は低下する。
ここで接続している3つ分析機器をA,B,Cとすると,3層のロジック構造で検査ロジックを構築した場合,重複順列になるので39通りのロジックが組める事になるが,しかし,A,B,C,とも検査可能項目は1項目でなく平均10項目あるとすれば,27930通りの検査ロジックが組み込める事になる。極めて膨大な検査情報である。此処で注意すべき事は臨床えない。検査ロジックは診断ロジックと表裏一体であるが等価ではない。LALPシステムは同一検査項目を分析方法を変えて測定が可能である。これは薬物妨害が考えられたときの測定データの分析方法論的な検証になる。LALPにはこの検証ロジックを組み込むことができる。測定データの信頼性を考えるとき,この検証ロジック機能は重要な役割を果たすものである。検査ロジックが診断ロジックの道を作ることならば.検証ロジックはその道が精度の良い舗装道路か.精度の悪い凸凹道がを検証するものである。
4.LALPシステムの利点と欠点
利点:
欠点:
- 病態解析,診断,に必要な検査が論理的に合理的に自動的に選択して行われるので病態診断の正解率が高く,即時診断が可能。これは診療支援の観点から極めて意義が大きい。
- 論理的に組み込まれた検査情報のネットワークに従って再検・追加検査が同一検体で自動的に即時行われるので.患者への採血負荷が最小になる。また,初回の同時多項目検査と異なり患者の経済的負担が軽減される。
- 再検・追加検査が同一検体で自動的に行われるので,このことによる検査従事者の負担はなく,検査業務に「ゆとり」が作られ,エレガントな労働の時代への布石ができる。
- 運用には人手を可能な限り介避しているので人為的過誤の入る余地がない。これは総合検査精度保証を確かなものにしている。
- 全検査工程が搬送化されているので検査検体に直接触れることがない「タッチ・レス」化は感染防止の観点から好ましい。
診療報酬請求の問題点を除けば欠点らしい
- 現行の保険診療では診療報酬請求の時に問題点が残る。これに関しては解決策を考えて置く必要がある。
- 検査体制のLALP化に伴った診療体制の改編・対応が行われなければ意義は小さい。
5.エピローグ
新しく,次々と種々の規模の自動化した検査システムが構築されていく。その中でまた新しいユニークな検査の自動化システムが提示された。LOGlC ASSlSTED LABORATRY PRACTICE(略して,LALP)SYSTEMである。この検査システムの機構に内蔵された機能に見る「機械の物性と通信機能と人間としての生命体との見事な調和」は「サイバネティックス」の再来と思わざるを得ない。
しかし,どの様な究極の検査システム自動化を構築しても現業の検査業務に於て何をし何が為されたかによって自動化,システム化の真価が問われことになる。
文献
- 日本医師会:第28回臨床検査精度管理調査結果報告書,平成6年2月.
- 上杉四郎:血清・尿の検体自動処理システムについて,臨床病理,1,1〜7,1993.
- 藤田美好,上杉四郎,他:尿分析を中心とした一般検査のシステム化.日本臨床検査自動化学会会誌(15):498 1990,幕張.
- 上杉四郎,総合検査システムの構築:秋田大学病院における検体自動化システムと情報システム,新医療編集,92臨床検査:機器とシステム,1992.
- 鎌田由美子,上杉四郎,他:秋田大方式による総合免疫・血清自動化システムの概要.日本臨床検査自動化学会会誌(18):365,1993,幕張.
- 小山田 一,上杉四郎,他:免疫血清検査の完全ロジックシステム,第40回日本臨床病理学会,1993,10月,臨床病理,41,補冊,342.