第8回日本光カード医学会論文集、13-14、1997年 [特別講演]
電子的な診療情報交換規格MML/MERIT−9
大江和彦 東京大学医学部附属病院中央医療情報部
1.はじめに
中規模以上の病院では、病院情報システムが導入されるようになり、処方や検査データの大部分がコンピュータ上に保存されるようになってきた。一方で、医療機関の役割分担の必要性がいわれるようになり、かかりつけ医、専門病院を患者が使い分ける時代が近づきつつあると思われる。イギリス、オランダを始め多くの国では、GPと呼ばれる家庭医がまず診療を行うスタイルか定着している。オランダでは、GPの60%以上が診療記録いわゆるカルテの記録をパソコンで入力することによって行っており、専門医療機関へ患者を紹介する場合に電子メールで情報を転送している。専門医療機関側も、患者をGPに戻す際には検査データなどを電子的に転送し、GP側ではそのデータを自分のパソコンに取り込んで診療記録を完全なものに維持している。このような電子的な診療情報の交換は、病院と診療所との密接なチーム診療、診療所同士のチーム診療を効率よく安全に進める上で非常に役立っており、患者にとってもGPに安心して受診できる動機づけにもなっている。
日本では、最初に書いたように病院情報システムが普及し始めている一方で、開業医での診療情報の電子化は進んでいない。しかし、これからの日本の医療体制のあり方を考えると、開業医での診療情報の電子化をすすめ、医療機関同士での診療情報の電子的な交換が極めて重要な役割を果たすことは間違いないであろう。
医療情報学会課題研究会「電子カルテ研究会」およびその年次大会の通称シーガイアミーティングでは、1994年頃から電子カルテの診療データを施設間で相互に電子的に交換するための表現形式として、Standard Generalized Mark-up Language(SGML)に準拠したデータ記述言語Medical Mark-up Language(MML)の仕様作成を検討してきた。1995年には厚生省電子カルテ開発事業が開始され、その中でカルテデータ構造技術コアチームが上記検討メンバーを中心にして発足した。ここでは、MMLの仕様をカルテの論理構造に基づいて具体的に検討することが行われ、その成果としてMMLの暫定版がDocument Type Definition(DTD)により記述され公開された[2]。さらに、DICOM,MML,HL7をどのように組み合わせて運用するかという医療情報交換のための運用指針MERIT−9の策定を目的とした作業班が組織され(班長、浜松医大医療情報部木村通男教授)、MML策定メンバーの一部がこの作業班のメンバーとして入ることになった。そして、この作業班とともに、MMLを実装可能なレベルにまで詳細化する作業が行われた。
ここでは、まず電子カルテによる診療情報共有の意義について述べた後、診療情報を電子的に交換するための基本的な標準規格を紹介し、それらを統合的に運用するMERIT−9の現状を解説する。2.カルテの電子化一一1患者1生涯カルテ
誰でも受診する医療機関を生涯で変えていくのが普通である。同時にいくつもの異なる医療機関にかかるケースも多い。このように複数の医療機関にかかるにもかかわらず、患者のカルテは医療機関ごとに別々に保管されているので、他院での治療内容がわからずに処方を出したり検査を出したりして、医療事故が現実に何度も起こっている。病院がカルテを中央病歴化し、診察室に端末を導入して1患者1病院1冊カルテをめざしたのと同じように、今度は医療機関を越えて、1患者の生涯に1冊のカルテとして利用できる状況を作り出す必要があるのは明白である。
ところが、このような状況は世界のどこかにカルテの配送センターを設置し、診察のたびにその医療機関にカルテを配送することなど現実には不可能であるから、もはや紙のカルテでは達成できない。もし各医療機関がカルテのデータをある決まった方法でコンピュータデータベース化し、世界規模の情報ネットワークによりこれらを必要なときに安全に送信できるようになれば、患者は世界のどこで診療を受けても自分のカルテデータを寄せ集めた状態、つまり物理的には1冊でないにもかかわらず「1患者1生涯カルテ」として見ることができるようになる。これこそが、私はカルテの電子化の最も重要な意義であると考えている[3]。
電子カルテは、医療機関に1冊あるカルテを個別に電子化しただけのものではなく、患者のすべての生涯の医療記録がすべて電子化され、事実上1冊のカルテとして扱える能力を持ったまったく新しいカルテである。3.診療情報の標準化
電子カルテが、前述したように「複数医療機関1患者1生涯カルテ」として機能するために最も重要なことは、コンピュータ間でカルテ情報(診療情報)か交換できることであり、そのためには情報交換のための標準化がなされている必要がある。例をあげると、ある医療機関のコンピュータが患者の生年月日を”Jan4,1996”と送信し、別の医療機関のコンピュータは”1996年1月4日”と送信するのでは、受け取るコンピュータは送られてきたデータをどのように解釈すればよいか判断できない。そこで、生年月日を交換するときには”1996/01/04”という形式にするといったことを子細にわたり取り決めておく必要があり、これが通信手順(プロトコルと呼ぶ)の標準化の意味するところである。4.診療情報の交換規約
診療情報を電子的に交換する場合には、種々のレイヤーでの約束事(取り決め、手順、規約、プロトコル、などといろいろな表現をされる)が必要である。国際的な通信規格上ではOSIのレイヤーモデルとして7レイヤーに分類されている。ここで説明する診療情報の交換規約は、このうち第6レイヤー(表現レイヤー)と第7レイヤー(応用レイヤー)ての約束である。代表的なものとして、病院情報システムにおけるオーダー情報や検査結果データ(画像を除く)の交換形式を定めたHealth Level 7(HL7)、医療画像全般の交換形式を定めたDICOM3規格がその代表的なものである。日本では最近筆者を含む前述の研究会等がHL7やDICOM3でカバーされない記述的診療データをStandard Generalized Markup Language(SGML)に準拠した形式であるMedical Markup Language(MML)を策定し公表、普及を図っている。5.MML
MMLは、基本的には診療施設間で診療デ一夕を電子的に交換するためのデータ記述言語として開発されている。しかし、診療施設と患者宅、検査センターと診療施設との間など、診療データを電子的に交換するあらゆる場面での利用も想定されている。そして、MMLは、OSIモデルの第7層と第6層に限定したデータ記述言語である。したがってMMLによって記述されたデータは、電子メールで送信しても、ディスクに格納して郵便で送付しても、ファイル転送プロトコルによって送信しても構わない。MMLによって記述されたデータは具体的には次のような感じになる。
vl.Ob l9960212123456 田中 一郎 厚生省付属総合情報病院 内科 192839483 田中 太郎 19590724 M 黄疸 便秘 ここ2カ月くらい便秘傾向。3日前に家族から顔色、 目が黄色いといわれた。 BP 160/80 腹部触診 肝臓は2横指触知、圧痛なし、辺縁鈍。 この例は紙面の都合で内容を適当に省略しているが、タグによりいろいろな情報が囲まれていることが特徴である。
6.MERIT−9
検体検査結果の記述方式であるHL7やDICOM形式の画像ファイルを、前述のMMLと関連づけて格納する方針を定めたのがMERIT−9である。MERIT−9では、実例として、検体検査結果を外部参照する場合には、のように、MML中にHL7ファイル名である "patient0203/CBC0923.HL7" を参照するような方式で記述することを取り決めている。 6.おわりに
今後、このような電子的情報交換の規約はより洗練されたものにしながらも普及させていくことが重要で、そのために医療情報学会ではMML/MERIT−9研究会を設置し、そこで関連する活動を行っている。詳しくはhttp://www.h.u-tokyo.ac.jp/mml
をごらんいただきたい。このような規約がカードメディアで情報交換する場合にも適用しうると考えられるので、これまでの規格と整合性をとっていくことも必要であろう。