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第9回日本光カード医学会論文集、13、1998年

[特別講演]

医療における情報化の目指すもの

開原成允
国立大蔵病院長(東京大学名誉教授)

 現在、情報化は社会の各方面で進行しつつあり、医療もその例外ではありえない。しかし、医療の世界では、情報化そのものに意義があるのではなく、情報化によって医療に何がもたらされるかが重要である。情報化の将来を考えるにあたって、まず過去の大きな流れを振り返ってみて現在の状況をその中で位置づけてみることが役にたつ。

 コンピュータの医療応用は1980年代までは、「効率化」または「省力化」を目的としていた。まず診療報酬請求事務にコンピュータが使われるようになったが、これは明細書作成時の超過勤務をなくしたいということなどが主目的であった。ついで、コンピュータは検査室で使われるようになったが、これも膨大な検査を自動化して、迅速に検査結果を得たいという目的であった。これらは病院にとって好ましいことであり、効率化が患者サービスに繋がる場合もあった。しかし、コンピュータの応用がここに留まっている限りでは、コンピュータは医師や看護婦とは無縁の存在であり、それは病院の事務員や検査技師のためのものであった。

 1990年代になると、状況は次第に変化しはじめた。その理由は、いわゆる「オーダリングシステム」が普及したからである。オーダリングシステムとは、コンピュータ端末を外来診療室や病棟において、検査依頼や処方を医師自らが端末を介して行うシステムである。このシステムの普及により、医師や看護婦は自らコンピュータを操作するようになった。このことと情報技術の進歩により、情報化の意義が大きく変化した。

 情報技術の進歩とは、第一は、コンピュータネットワーク、第二は大量の診療情報のデータベース化、第三は映像通信である。第一のコンピュータネットワークにより、コンピュータ間で自由にマルチメディア情報の交換ができるようになったことで、コンピュータが単なる事務機械ではなくコミュニケーションの手段となった。また、データベース技術の進歩は、画像などを含む複雑な診療情報を整理した形でデータベースとして貯え、必要な時にこれを検索して利用できるようにした。また、映像通信は遠隔医療という新しい医療の形態を生んだ。

 これらの技術の進歩により、医療におけるコンピュータ利用も全く新しい局面を迎え、コンピュータは効率化ではなく、医療の「質」の向上に貢献できるようになった。即ち、医師はコンピュータやネットワーク上の診療情報や最新の医学知識を駆使しながら、診療を行えるようになったのである。また、バーチャルリアリティなどにより、これまで見ることができなかった世界が見えるようになった。

 それでは、現在の日本でどの程度の数の医師が上に述べたような環境で、自らコンピュータを利用しているであろうか。病院でオーダリングシステムを採用している所では、一応その環境は整ったと考えてよいであろう。国立大学病院では、既に100%が採用しているし、300床以上の日本全体の病院では、大凡10%程度と考えられる。しかし、1年の間にこの数字は更に高まる事は確かである。

 診療所の状況では、診療報酬請求業務のコンピュータ化は約60%である。診療所では医師自身が請求事務に関与している場合も多いが、それが医療に直接役にたっている例は少ない。しかし、本年からは日本医師会がサーバーをもってインターネットの利用を推進しはじめているので、その利用の形態も急速に変化するであろう。

 コンピュータの利用が普及しはじめると、その利用が誤った方向にいかないように、大きな意味での方向づけをすることが重要になる。その重要な課題は、情報技術を利用する環境を整備することである。

 ここでいう環境とは、法的、経済的、社会的な環境であるが、技術的に最も重要な課題は診療情報のセキュリティの確保である。しかし、これも十分安全にすることが技術的に可能となっているので、今後はむしろ医療関係者の意識の変化の方が重要であると考えらる。

 光カードの医療への利用は、これまで比較的独立した形でその利用が考えられてきたように思われる。しかし、今後は、上に述べたような医療情報環境の中での光カードの位置づけが重要になるように思われる。光カードと電子カルテ、光カードと保険請求事務、光カードと病院情報システム、更には、光カードと医療以外のシステムとの関係など、その位置づけが定まってこそ、その普及があるように思われる。


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