第9回日本光カード医学会論文集、21-22、1998年 [オープンフォーラム基調講演]
保健医療カードの海外動向
高橋 隆 京都大学医学部附属病院医療情報部
典型的なカードプロジェクトは、先行的な小さな規模のものから、国家規模の大きなものへと変化した。今後、広範囲の通信・情報システムにより、国家的なヘルスケアシステムにおけるケアやサービスのすべてが相互に結びつくであろうが、その一要素を担うカードの役割に、多くのヘルスカード関係者たち(医療機関、保険会社、健康保険機関、規格化団体、製造メーカ、及びシステムインテグレーターなど)はさらなる関心を寄せている。
1. ヘルスカードタイプに関する歴史的背景
医療分野において様々な国際的カードプロジェクトが最初に呈示されたのは、1991年にバルセロナで開催された第1回 European Health Cards Conferenceにおいてである。そのプロジェクトは、磁気ストライプや比較的簡単なIC技術を用いたカードを使用したものがほとんどであった。ICカードを用いた先駆的プロジェクトの大多数はフランスで着手され、中には早くも1985年に始まったものもあった。1991年、ドイツでは、1200の種々のGerman Sickness Fundsの会員のために、元来実施されていた磁気カードから256バイトのメモリチップを搭載したカードへと移行しようとしていた。マルセイユで開催されたHealth Cards '93では、磁気ストライプやメモリチップを用いたり、マイクロプロセッサーを装備したカード(Smart Card)が取り扱われた。2. 世界をとりまくヘルスカードプロジェクト
ヨーロッパの2カ国、フランス及びドイツは、以前から先頭に立って技術開発や実装に携わってきた。現在、同じ方向に進む国がいくつか存在する。2.1 ヨーロッパのヘルスカードプロジェクト
Eurocardは、各地で進行中のプロジェクトを統合するために、あらゆるヨーロッパ諸国及び関心をもつ関係者(産業、保険会社、政策立案者、医療機関、研究者、システムインテグレーターなど)の代表を呼び集め、ヨーロッパや各国での多様で適切な経験に基づいた、データカードアプリケーションに対する包括的、技術的、社会的そして法的なフレームワークを議論し、共有しあおうと、非公式のフレームワークを設立した。ヘルスケアカード実装に関与するワーキンググループは、医療従事者用、救急用及び臨床用の目的でカードを使用する際の包括的なアプローチを発展させ、データアーキテクチャ、データセットそしてアプリケーションストラクチャーに対する提案を明確にした。ヨーロッパグループの研究は、CEN(Committee European de Normalisation)の代表者のもとで、実験プロジェクトとして行われた。そのプログラムを次に挙げる:
1)CARDLINK(救急用カード),DIABCARD(糖尿病カード)の相互利用
2)Trust health(医療従事者カード(HPC:health professional card)を含む医療カードシステム)
3)ケベック州における医療用カードプロジェクト(Canadian projects)との協力
4)東ヨーロッパ、北アメリカ及び日本を含む世界的ヘルスケアネットワークに関するG7の活動2.1.1. ドイツ
ドイツは1989年に健康保険カードを導入し、1993年から1995年の間にすべての国民に配布した。カードには保険情報や氏名・生年月日など個人属性情報が記載されており、受診や処方箋発行時に使用、また医師が診療報酬請求を行う際に必要不可欠なデータを提供する。2.1.2 フランス
ドイツに次いで、医療用ICカード(smart card)を国家規模で実装しつつある。1996年、フランスは、1998年までに医師や看護婦に医療従事者カード(HPC)を配布するだけでなく、すべての国民に電子健康保険カード(electronic health insurance card)を導入する法律を可決した。また1997年1月に、RSS(Reseau Sante Social)と呼ばれる国家規模のイントラネットカードプロジェクトに着手することを決定した。このネットワークは、インターネット標準(TCP/IP及びメールに関するSMTP)に基づくものになる。1997年6月に民間組織が決定された。公的団体によって委任されたこの民間組織のおかげで、いかなる医療機関にも、直接的にあるいはRSSに連結した2次的ネットワークを通じてアクセスできるようになり、倫理上のルールを遵守するサービスプロバイダーが接続可能となるであろう。1999年初めまでに、6000万人ものフランス人は、医療用イントラネット経由で、自分自身の医療及び保険情報にアクセスすることができるであろう。RSSへのアクセスは、医療従事者カード(HPCあるいはCPS:carte du professionel de sante)によって管理される。
フランスRSSが他のヨーロッパ医療ネットワークと相互連結するには、次の条件が必要:
1)技術規格(TCP/IP,SMTP)に関する合意
2)各国につき最低1つのTrusted Third Party(TTP)の創設を含む、暗号化アルゴリズム・プロトコルに関する合意
3)医療従事者カードの使用法に関する合意フランスでの実験プロジェクトの成功が、ヨーロッパカードあるいはG7カードとのさらなるharmonization及びstandardizationにつながると期待できる。
2.1.3. 他のヨーロッパの諸国
スペインは、健康保険カード(social security card)を全国民に配布するという国家プロジェクトの実験段階にある。他のヨーロッパ諸国は指針や案を発表した段階である。2.2. アジア(日本、韓国、台湾、中国、香港、インドネシア)
アジアでは、日本、台湾、そしてごく最近の韓国を除いて、ヘルスカードシステムは開発段階にある。日本では、多くのパイロットプロジェクトが進行中であり、中には北海道の滝川市プロジェクトのような大都市圏での臨床的かつ社会的な応用に向けた、医療、保険、ID、多機能カードに関するものもある。韓国では、医療情報にアクセスできるIDカードに関した国家規模の計画を1998年までに実行するよう、決定がなされた。2.3. 米国及びカナダ
米国は、ネットワーク上の医療システムにアクセスできるよう、患者セキュリティカードについて提案した。北米で進行中のパイロットプロジェクトには、Health Passport(Western Governors' Association project)、社会福祉のためのEBT(Electronic Benefit Transfer)カード、CHINs(Community Health Information Network)とカードの統合、及び軍人に対する救急用カードがある。
カナダでのヘルスカードは、1991年、ケベック州政府がRimouski地区でのICカード使用に関するパイロットプロジェクトの決定を下した時に始まる。患者用ICカード(patient smart card)は、携帯用の医療データメモ(health memorandum)として役立った。プロジェクトは、1993年5月から1995年3月まで実施され、7,500枚以上のICカードがプロジェクトの期間中に配布された。この実験結果に基づいて、厚生大臣は、医療用ICカードシステムの臨床応用を、漸進的に体系的に実行する計画を提案している。さらに、オンタリオ州の厚生省は、外来診療用カード(service encounter card)の実験を行った。2.4 相互運用(Interoperability)、セキュリティ、およびG7プロジェクト
"Global Information Society"という会議が、1995年2月、EC後援、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、及び米国からの政府代表団を伴って開催された。そして地球規模のヘルスケアアプリケーションの開発を含む11のパイロットプロジェクトを確立する決定がなされた。これらのプロジェクトを確立する主要な目的は次の通りであった:
1)G7及び世界的なデータセット及びアーキテクチャのHarmonization
2)世界的なアプリケーション及びサービスの技術的で機能的な相互運用性確保
3)データカードとネットワークによる遠隔技術(telematics networks)のリンク
4)プライバシー及びセキュリティへの要求を満たすデータカードの容認相互運用性に関して多くの会合の後技術的にも機能的にも合意された相互運用プラットフォームに基づいて、2つの国際的なヘルスカードのパイロットプロジェクトが確立された:
1)国際的に統一された個人属性情報データセット及び必要不可欠な医療情報を与えてくれる国際医療カード
2)世界規模の医療データ及びネットワークサービスにアクセスする際、医療従事者のIDを保証する国際医療従事者カード(international professional card)相互運用に関する諸問題については、Eurocardの専門家たちによって整理されており、その重要な部分はインターネット上にも掲載されている(http://www.clinical-info.co.uk)。これには、データセット及びアーキテクチャ、ソフトウェアコマンドライブラリなどの技術上の問題や医療組織上の問題が含まれ、カード導入に関する法体制や関係する団体間の関係について、また適切なデータ保護の問題、社会的側面に関する問題等が論じられている。
相互運用プラットフォームに基づいた共通のパイロットプロジェクトを提案する上で、カナダ、米国そして日本の国際的な協力を確立することも、極めて重要なことである。3. 依然として存在する障害
主な障害が依然として残っており、未だ検討中である、例えば:
1)現在使用されている臨床情報や診療所システムの多様性(ECが提案した相互運用プラットフォームがこの問題を解決することができる)
2)現在使用されている、病気、処置あるいは薬に関するコード化システム全体に対する多言語翻訳の欠如(CEN及び他の国際団体がこの方向で研究している)
3)実行過程に伴う初期の高コスト
4)国により異なる法律(EC Directive 95/46/ECは、EU各国の対応に対する基礎をなす立法上のプラットフォームである)4.結論
国家規模のヘルスカード導入計画は数カ国で始められた。Eurocardのメンバー、G7代表者、ヘルスケア及びカード専門家達のおかげで、相互運用やセキュリティ、信頼性を達成するヘルスカードシステムのインフラストラクチャが世界に与えられつつあるといえよう。